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2017年8月 6日 (日)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その6

 あのダニに喰いつかれた日から3週間経ちました。感染症の潜伏期間は3週間程度が多いのですが中には16週間というのもありますので、完全には安心できません。16週間といったら4カ月じゃないですか。忘れたころに発病なんてイヤだなあ。
 喰い跡は、まだ残っています。蚊に喰われますと2~3日程度で消えるのと比較すると、ダニは様々な未経験の細菌を体内に持っているのでしょう。
 食いついている最中は痒くも痛くもないけど、ダニを除去してから1週間程度少し痛みを感じていましたから、蚊、アブ、ブヨとは異なる生物なんだと思います。

7-13(木) 「星に手の届く丘キャンプ場」の朝です。4:00
今日はいよいよ北海道を離れる日です。Dsc01487_713400
草むらやテントに夜露が降りています。バシャバシャと言った感じです。
昨日のうちにターフは畳んでおきました。テントを畳みます。なるべく物音を立てないように最小の動作で撤収します。トランクを閉めて「カチ」、ドアを開けて「ガチャ」、締めて「バタン」、エンジンをかけて「ブルルン」、バックして「ブルルルル」、前進して「ブーーーー」 けっこう音が出ますね。




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キャンプ場を出たところで停止して、これからの道順を考えDsc01516_713ます。
富良野平野を閉ざす霧を眼下にみてゆるゆる進みます。
山々の間から朝日が昇ってきます。谷の間に漂う霧の中で光が散乱します。

十勝岳望岳台防災シェルターに行きました。

美瑛の丘のあDsc01521ちらこちらを巡りました。
マイルドセブンの丘、ケンとメリーの木、セブンスターの木、親子の木 駐車場ができているところもありました。
駐車場ってどうなんでしょうね。美瑛の丘をめぐるのは2回目になりますけど、全体の景色がいいと思います。ゆるやかで広大な丘陵地の畑、畑を区切る木々、ところどころに家並。1本の木だけ見てもどうということもない普通の木ですけど、広大な風景の中にあるとアクセントになってますね。自転車なんかでのんびりめぐるのがいいと思います。

その後、四季彩の丘、三愛の丘

富良野を去る前に「ファーム富田」 ラベンダーが満開。香りが満ち満ちています。Dsc01527_713

昼頃は支笏湖の駒の湯温泉に行きました。源泉かけ流し。

午後3時、苫小牧東港に到着。本日の走行326キロ
案内係のおじさんは「早すぎるよ。あちらとか行って来たらどう?」
確かにまだ4時間ある。
行きました。義経神社 源義経ゆかりの神社らしいです。距離35㌔。帰りに道の駅で鮭親子丼を頂きました。

苫小牧東港19:30発 Dsc01545_713



風呂にはいってすぐ就寝。

7-14(金)

新潟港15:30着

振り返って一番の思い出は「ダニ」 まだ喰い跡が残ってます。

2017年7月29日 (土)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その5

7-12(水) 塘路元村キャンプ場の朝になりました。午前3時です。もうすでに幾分明るいです。
 ゴミは管理センターでゴミ袋を買って朝、分別して出しておこうかと思ったけど、場所を聞いてなかったのでカヌーから帰ってからです。

 カヌーツアー主催者の塘路(とうろ)ネイチャーセンターには朝5時前に到着。申し込んだコースは朝5時スタートのタンチョウコース。所要時間4時間というもの。調べた限りでは最も早い時間帯です。Dsc01451_712_600

 シラルトロ湖の北上流まで遡ってカヌーを浮かべてスタートです。私が前に座り左側のパドルでこぎます。ガイドさんは最後尾で舵取り補助です。右腕に若干の不安を感じつつ漕ぎ出しますと、「それくらいで十分ですよ。」とガイドさん。どうも自転車の癖があるのでペダルをこぎ続けるようにパドルをこぎ続けてしまいます。そんなにこぎ続けなくてもいいようです。 
 「帰りはさかのぼるんですか?」 と聞きますと 「それは大変ですよ。下るだけですよ。」 なあーんだ、それなら楽ちんだ、と安堵しました。この調子なら4時間でも楽々です。
漂う霧が肌を心地よく冷やします。鳥のさえずりが聞こえます。のんびりとパドルを漕ぎます。川の流れはゆったりで気持ちを穏やかにしてくれます。Dsc01463_712_640



 
 濃かった霧の風景が明るくなってきます。ガイドさんが「あ、カワセミです。」 と言ってくれますが、私は捉えられません。







鹿がジッとこちらを見ています。Dsc01464_712_735












 オジロワシが木の枝に停まっています。Dsc01468_712_740 オジロワシは渡り鳥なので、この季節のオジロワシは渡りをせずに居着いてしまったワシのようです。
 タンチョウヅルが飛び立ちます。この時期のツルは子育て中だそうです。
 川の中州でコーヒータイム。中州の砂には鹿の足跡が沢山。北海道で目覚めると朝3時には鳥がさえずっているので、動物たちはそのころから活動して朝遅くなると茂みの中で休憩してるそうです。昼10時には何も動物見れませんよ、とのこと。
 川辺の草むらに通り道のような部分もあります。獣道ですね。

 私がダニに喰われた、という話でダニ談義となりました。ガイドさんもいろいろ経験があるそうです。「私の娘が頭のツムジを食われたことがあって病院に連れて行きました。私はヘソを食われたことがあって違和感があるので嫁さんに見てもらったらやっぱりダニが食ってました。ダニ取り器が入らなくて病院にいきました。息子もいるんですが、女の子のほうが付きやすいですね。 注意点は、家に帰ったら早く風呂に入って着てるものを脱いで体を点検することですね。」
 私は本州の山育ちでしたが、小さい頃に「ダニに注意」と言われたことはなかったです。その代わり、「うるしに注意」でした。漆は秋になると葉が赤くなり葉の特有の形もあって区別がつきますが、夏は緑でうっかりさわってしまうことがありました。夏の漆は勢いが強いのでカブレもすごかったです。水ぶくれになりました。
 でも漆に注意するほどいつも山遊びしてましたがダニに食いつかれたことはなかったなあ。一度だけ、家に帰ってからスネをみるとゆっくりした動きでスネにしがみつく2㎝ほどの虫がいたことがあったけど、あれはダニだったんだろうか、今でもわかりません。

 おしゃべりをしつつ川をくだっていきますと、8時には霧が晴れて快晴となってきました。ガイドさんによると、釧路の夏は日中、霧が立ち込めているのが普通だそうです。最近の晴れる天候は異常なのかもしれません。次第に日差しも強くなってきます。
 ゴール到着は8時半。ちょうどいい時分です。
 お迎えが待っていてくれました。カヌーを積載してネイチャーセンターまで戻って解散しました。
 釧路湿原を満喫した4時間でした。個人的には3時か4時スタートがあったらベストです。
塘路元村キャンプ場にもどったら丁度、10時集合でこれからカヌーの方々が集ってました。今からだと暑いと思いますし、動物たちは茂みの中でお休みなのかなあ。

 さて、今度は展望台を回ってみます。
 まず、サルボ展望台。林の中の登山道のような道を行きます。クマ、ダニがいそうですね。展望台からは塘路湖は見えますが、湿原や川は見えません。Dsc01472_712_1000

 細岡展望台。アジアの観光客もいます。湿原とその中を蛇行して流れる川が見えます。
 暑くなってきました。午前10時

 今日のキャンプ場は富良野の「星に手の届く丘キャンプ場」 すでに昼近いので高速道路で行きました。帯広をかすめて「十勝清水IC」で降りて狩勝峠。ここも3年前のブルベコース。当時は長い上りの果てに到達した峠でしたが雨でしたので爽やかではなかった。今日は快晴。

 かなやま湖畔を通過。
 富良野のあたりは暑いです。幌をかけてクーラーで行きます。
 北上して富良野を左にみて畑になってる旭岳の裾野を登っていくと、「星に手の届く丘キャンプ場」はこのあたりのはず・・・・・? あの建物のあるあたりかなー?? 
(案内看板はないです。)
 今日の走行275キロ。Dsc01483_712
 管理棟は大きいです。ジンギスカン食堂も兼ねてます。管理人がテント設営場所の説明に「ちょっと乗って。」ゴルフ場カートに乗せて案内してくれました。今日は満席だそうです。キャンプ場は全体が山の裾野ですので傾斜地の途中の広い草地という感じ。テント設営地は部分的に平らに整備されてます。多少デコボコ。
 テントを設営したら暑くて大汗。管理棟のシャワーを使わせてもらいました。
ゴハンは炊きましたが、ジンギスカンも頂きました。美味しかった。
夜8時に就寝。夜7:50の夕焼けを撮影しました。

2017年7月27日 (木)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その4

7-11(火) 尾岱沼(おだいとう)ふれあいキャンプ場の朝です。
 少し曇りですが雨ではないです。涼しいです。
 明日の朝はフェリーに乗る前に申し込んでおいた「釧路湿原カヌーツアー」の最長コースです。所要時間4時間で「ハードです。」と解説がありました。右腕肉離れが完治していないうえに、おとといのテントランドで杭を打ち込むのに地面が固かったので若干右腕に響き現在も痛みますので不安です。今日は早めに今晩のキャンプ地に行きましょう。
 5:30にはテントを畳んで出発。自分でキャンプ場の門を開けて出場しました。

 南下して、ヤウシュベツ川湿原。涼しく霧の中です。Dsc01408_711




 道の駅スワン44根室 ここは3年前、自転車で納沙布岬(のさっぷ)に向かう途中の深夜、仮眠をとった場所です。この道の駅もそうですが、どの道の駅も駐車して車中泊する自動車が沢山います。キャンピングカーにワンボックス、普通乗用車。


 霧多布(きりたっぷ)湿原 花が咲いてます。⇒写真

 涙岬展望台、あやめヶ原で観光。霧の中で涼しいです。

 厚岸(あっけし)町まで海岸沿いを走ります。

 Dsc01444_711_2厚岸漁協直売店で牡蠣を頂きました。


水槽に大量に陳列されてるのを買って、奥に用意されてる電子レンジでチンして食す、というもの。レトルトご飯も売ってるので軽めの昼食となりました。丁度いい塩味でした。新潟県の笹川流れの牡蠣と比較するとこちらは味が複雑で濃厚ですね。笹川流れの牡蠣は純粋にタンパク質が濃厚という感じでしたが。
 この後、夕飯の買い出しをしてのんびりドライブ。

 昼過ぎには塘路元村(とうろもとむら)キャンプ場に到着。走行191キロでした。林に囲まれた芝生地で草刈りをしたばかりなのでダニは大丈夫かな。ダニを警戒して木々から離れ広々した草地の真ん中にテントを設置しました。途中、カラスが食パンをつまんで逃げる、というアクシデントもありました。明日の朝食パンはどこかで探さないといけません。

今日の入浴は標茶(しべちゃ)町シラルトロ湖畔の茅沼(かやぬま)温泉です。熱めですがかけ流しで良かったです。味噌パン売ってたので買いました。

キャンプ場に夕方到着した自転車旅行のおじさん2人組は大きな木の根元にテント設営。その木の上ではカラスがうるさかったです。
カヤックで到着した方も木々の中に設営してました。
アベックも到着しましたが、にぎやかでした。
夜、時々パラパラっと雨がきましたが、それでおしまい。私は翌朝3時起き、5時からカヌーツアーですので8時頃には就寝。Dsc01450_711

2017年7月26日 (水)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その3

7-10(月)「オホーツク公園てんとらんど」の朝です。Dsc01356_710_430

 なにか悲しい気分がするんですが、とにかく爽やかな朝です。
 3:30には起きだして写真を撮ったりします。
 ダニの喰い跡ですが、ちょっと痛みます。喰われてた時は痛くも痒くもなかったので不思議です。
 周囲の方々はほとんど寝てますから極力静かに朝食を食べて食器を洗ってテントを畳みます。

 そういえば昨日の夜8時くらいまで空砲が鳴ってました。クマよけでしょう。真夜中はやんでますが仕方ないですね。今朝も早朝から鳴り始めました。そういうことなので枕元に熊撃退スプレーを用意して寝てました。

 6時には出発。屈斜路湖を目指します。北見市から南下するとなつかしい風景。Dsc01358_710

 この道は3年前に途中で中止となったブルベのコースでした。広大な風景で良かったです。当時はそのあと、根室の納沙布岬まで自転車で走りました。若かったなあ。

 Dsc01377_71028さて屈斜路湖を眺めて、湖岸に寄って「砂湯」を見学。砂を掘ってあったところに手を入れると温泉が湧いていて熱いです。
オホーツク海に向かって走って、斜里町の「天に続く道」 直線の道路が28キロ。

知床半島を巡ってオシンコシンの滝。

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その後、亀の形の岬。見事です。この方向から見るときだけ亀です。

ウトロ漁協婦人部食堂でウニ丼。さすがにおいしかった。ウニは北海道ですね。

 知床半島を回りました。峠は霧の下で涼しかったです。

 尾岱沼ふれあいキャンプ場に昼ごろ到着。
本日の走行260キロ。北東から強めの風で湖岸に吹き寄せられている堆積物があるようで何かニオイがしましたが、場所を選べば大丈夫のようです。
 キャンプ場の説明書きでは、去年、クマの目撃情報があり、対策として林に電気線を設置したのでキャンプ場を再開した、とのことでした。クマはどこにでも出るんですねえ。Dsc01393_711

 食材と入浴のため町までドライブ。

公衆浴場は「野付温泉浜の湯」
 歴史を感じる味のある公衆浴場。源泉かけ流しです。露天に行ったら熱かったので引き返したら地元のおじいさんが「水でうめればいいんだ。」とのこと。いろいろ世間話してのぼせそうになりました。
 私がダニに喰われたんですと話しましたら、「爪の先で頭を挟んでプチっと取るんだ。ゆっくり引き離すと首が千切れるからな。昔は野良仕事から帰ってくると、首とか脇の下とかに食いついたヤツをプチ、プチっと取ったもんだ。」 大変な時代でしたね。病気で亡くなった方も多かったのかもしれません。Dsc01389_230




 すっかり暑くなって、すぐ近くの佐藤商店でアサリを購入。アサリなのに直系5センチ前後あります。デカイ。10ケで片手一杯。晩御飯はアサリのパエーリャです。また近くの大隅商店で朝食のパンと牛乳、食品保存用の氷を購入。

 アサリの泥抜き、行いません。多少、砂があっても大丈夫。アサリを鍋に投入するまえに網(ミニロースター)の上で焼きます。口が開きますから中身を鍋に投入します。コンロの足で火傷しちゃいました。時々氷の上に手を置いて冷やします。
 鍋に投入するとき貝の中の汁も投入。できあがりは薄味になっちゃいました。アサリの汁を投入したせいでしょう。味わいはいいです。砂はたまにガリッとくる程度。
暗くなるのは夜8時頃なんですが、その前に就寝。このキャンプ場は草地が薄いのでダニに関しては安心です。少し雨がパラパラしました。

2017年7月24日 (月)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その2

●7/9(日)豊富町の兜沼公園キャンプ場の朝です。
明るくなると目覚めます。3時前に既に鳥のさえずりがにぎやかになります。起き上がりは3:30くらい。顔洗ったり昨日の残りの朝食食べたりチェアーでコーヒー飲んだり。

用品の紹介Dsc01292_79_2

☆鍋は2つ、フライパン1つでセットの「BANQUET-Ⅱ DG0205」持ってきましたけど、結局毎日、鍋1つしか使わなかった。

☆ヤカンはあると便利。コーヒー飲むにはね。MSR製アルパイン 1Lティーポット。
モンベルの店舗でどうゆうわけか箱も無しで陳列されてたんですが、デザインが良かったんで買ってしまいました。注いでも注ぎ口から垂れず取っ手は立てておけば熱くならず、機能的に十分でした。機能的にもいいけどデザインがいいです。

☆カセットボンベ用のsoto製ガスバーナー。ガス缶はスーパーで手に入ります。5泊の夕飯の調理15分とコーヒーの湯沸かしに使う分にはガス缶1本で間に合うようです。

☆18650充電池規格のランタン。明るかったよ。

☆蝋燭ランタン「UCOキャンドルランタン」は雰囲気です。ボーッとするときにはいいです。

☆Helinox(ヘリノックス)のビーチチェア。軽量で組み立て簡単で丈夫。ハイバックタイプで頭までカバー。チェアツーより低く足の接地面が広いので土に埋もれにくくテントでの屋外むきでしょう。

☆テント、モンベルのクロノスドーム 2人用とミニタープHX。
ミニタープの片方は高さ120㎝のポールにしてテントを覆って、前室を広く使えるようにしてあります。去年、北海道は豪雨になりましたから、強風、豪雨でも大丈夫なように山岳用テントにしたんですけど、今回はせいぜいパラ、パラっと降ったくらいで物足りなかったです。使い勝手としてはクロノスドームはメッシュも付いてますから暑いときでも風通しが確保できます。本州の真夏ならムーンライトテントがいいでしょうけど。
メッシュで通風しにしてたら真夜中は少し寒かったようで、シュラフカバーを取り出して足を入れました。テントは通風用メッシュで閉じてますから外界の虫は侵入してこないんですけど、草むらと林の傍らですから外には虫がいっぱいです。ダニはどうなのよ?と思いますよね。そうなんですよ。ダニ。それは後程・・・。
 テントと地面の関係は、一番下に防水役目のグラウンドシート。その上にテント本体の布地、その上はテント室内ですけど、場合によってはテントマットを敷いて、テント室内になります。寝るときは体の下にスリーピングマット。そしてシュラフ。私はマイナス5度まで対応のダウンシュラフ。結露に触れるのを防止するシュラフカバーというのもありますが、今回は防寒のために持参しました。

☆汗吸湿とか暑いときのためにインナーシーツ「The Friendly Swede アウトドア 寝袋」という綿の袋で寝てました。暑いときはシュラフは上に掛けるだけ。

☆空気で膨らませる枕は首がこりました。なので、旅行の最後にはテントマットを丸めて枕にしてました。

☆それから、これが一番重要なんですが、北海道といえば、・・・ヒグマ。・・・そしてマダニ。
命に関わりますからね。対策しました。

まずヒグマ。
オスの成獣で体長2.5-3.0mで体重は250-500kgですから本州にいるツキノワグマ(オス50 - 120kg)とは全然違います。走ると時速約50km以上ですから走って逃げることは無理。
そこで用意したのが「熊よけスプレー」
値段は1万円以上。説明書を読んでびっくり。熊が回避してくれるスプレーじゃないんですね。熊と出会ったら4~2mまで距離が縮まったときにクマの顔に狙いを定めてスプレーする、という熊撃退用スプレーだったんです。説明書に書いてあります。「熊と出会ったときに熊に後ろを見せて逃げることは自殺行為です。」
 いやーーーー、認識がひっくり返りました。北海道に上陸してからスプレーを試射しました。強力です。これで撃退できるかどうかは、至近距離まで距離を縮めて冷静にねらいを定められるかにかかっています。ドキドキですぅーーー。

☆次にマダニ。
マダニが媒介する感染症はいくつかあります。
「マダニが媒介する感染症について」(札幌市)

「マダニ対策、今できること 」(国立感染症研究所)

食いついたマダニの画像をみると、ゾッとします。
そういえば昨日の兜沼公園キャンプ場もダニがたくさんいそうなロケーションでしたね・・・。
対策として用意したのが、「ティック ツイスター」 ダニをねじりつつ引っ張るとダニの頭がちぎれることなく取れるそうです。

●さて今日は網走まで行く予定。明るくなり目も覚めたので早々に6時頃出発します。ロードスターですから涼しいうちがオープンのベスト時間です。Dsc01313_79

まず宗谷岬。いろんな傾向の方がいらっしゃいます。自転車、ワンボックスカー、新型ロードスターもいましたが、残念なことに幌閉じてます。



オホーツク側を南下して宗谷国道オホーツクライン。途中、海岸沿いの「エヌサカ線」で花がたくさん咲いてます。Dsc01321_79



ウスタイベ千畳岩も寄りました。
紋別市の北海道立オホーツク流氷科学センター「ギザ」。地下1階は流氷の環境を再現していてものすごく寒かった。長居すると体が凍ります。

サロマ湖は湖岸道路を走ってても対岸が見えないほど対岸が遠いですね。幌岩山の頂上付近に一望できるサロマ湖展望台があるようなので、頂上付近まで車で行きました。
頂上への遊歩道は倒木がたくさんありました。登ります。
登ってすぐタヌキに会いました。倒木は1本だけではありません。10本ほどはありました。太い倒木をまたぎ、くぐって展望台に到着。ここから見るとサロマ湖と海を隔てる細長い砂丘の対岸がようやく見えます。大きいなあ。Dsc01334_79_2

すると麓から登山道を徒歩で登ってきたライダーも到着。お互いに一枚写真をとってもらいました。午後2時
またまた倒木をまたぎ、くぐってロードスターまで戻りました。

またまた走って、網走市で買い出しして、キャンプ地「北海道立オホーツク公園 てんとらんど」に到着。
本日の走行353キロ
ここのキャンプ地は綺麗に芝生に手入れされてます。混んではいないですけど、オートサイトもフリーサイトもまんべんなくテント張ってます。高台ですから見晴らしもいいです。朝日もきれいに見えそうです。Dsc01350_79_2

 北海道の北方面は温泉がほとんど無いです。網走にも温泉がないので今日はキャンプ場管理センターのシャワーで済まします。

 今日もパエーリャを食べた後、夜7:30頃、コインランドリーで洗濯しつつ、シャワーを浴びはじめました。
 ふと左腰あたりを見ますと幾分4㎝ほどの範囲で赤味を帯びた皮膚の中心に小さく黒いものが、・・・。何本かの細い脚と三角にみえるお腹が見えます。手で撫でてみますと、細い脚のようなものがウネウネと動きます。 

 私は悟りました。・・・、ダニです。鳥肌がたつと同時に、とうとう喰われたかという衝撃で私は動揺し息が苦しくなりました。
「そうだ。テントにダニ取り器の「ティックツイスター」がある。」管理棟からテントまで早足で急ぎます。
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 あったあった、これだ。この日のために用意したのだ。
 ティックツイスターを手にしてシャワー室に急ぐためロードスターに乗り込みます。こうしている間も私の左腰でダニの足がウネウネ動いているのを考えるとハンドルを握る手が震えます。この時私はエイリアンの幼虫を寄生させたリプリーの気持ちを理解しました。
 シャワー室で再びポロシャツを脱いで、私はカメラを構えました。動揺していますがこの機会をブログネタにしようという気持ちは失っていないのです。そうです。私はみなさんを笑わそうと考えているのです。カメラのシャッターを3回押しましたが、なかなかピントが合いません。もういいでしょう。もうがまんがなりません。とうとう私はダニと一体になっていることに耐えられなくなりました。
 私はティックツイスターを手にしました。小さいほうのスティックの溝の間にダニの胴体を沿わせます。一度はスルリとダニの体が逃げます。ダニの足が嫌々するように動きます。ダニも私の敵意を理解したようです。
 再度、私は注意深くスティックの溝の最後までダニの体を差し入れます。そしてゆっくりとねじりながら慎重に引き抜きます。
 するとあっけなくダニはスティックといっしょに私の体を離れていくではありませんか。その一部始終は魔法のようでした。
 スティックを見ますと溝のあたりに四肢をうごめかすダニがいます。私はこの時のために用意しておいた直径3センチほどの透明プラスチックのカプセルにダニを閉じ込めました。そうです。私はダニに遭遇した場合のダニ保管容器も準備していたのです。すべては話ネタのため。
 ダニを収容し、心臓の鼓動が落ち着くのがわかりました。戦いは終わりました。
 ダニを取り去ったとはいえ、本当にこんなことがあるとは想定していなかったのでしばらく呆然としていました。この後何をしていたのやら・・・。管理人に背中を見てもらったり、日中着ていたものを殺虫のために乾燥機にほうりこんだり、テントやマット、シュラフ、インナーシーツにダニが潜んでいないかどうか点検したり、・・・。就寝したのは夜11時近かったと思います。
 テントで捕獲したダニをみますと、容器のフタの隙間近くにへばりついています。生きて足をうごめかす姿をみるとやっぱり落ち着きませんので、ダニには申訳ないのですが標本になってもらうことにしました。ハッカ油スプレーを作るために持参した無水アルコールを容器の中に垂らしました。しばらくしてダニは標本となりました。(今でも手元にあります。)私はようやく落ち着いて眠りにつくことができました。
 目を閉じながら考えました。どこでダニに取りつかれたのかなあ? 兜沼公園キャンプ場は林と草むらがあったからダニはいそうだ。サロマ湖展望台への山道もタヌキに会ったくらいだから野生動物に取りつくダニがたくさんいそうだ。枯れ木を何本もくぐったしなあ・・。私は少し疲れを感じながら意識を失っていきました。

⇐標本になったダニPhoto

2017年7月22日 (土)

2017北海道キャンプ旅行 7/7-7/14 その1

●久しぶりです。最後の投稿はフランス自転車遠征でしたなあ。
あれから膝が痛くなったり、仕事に波があったり、最近では左手指を捻挫したり、右腕が肉離れとなったりで年相応かしら。
 北海道キャンプ旅行を思い立ったのは今年初めで、キャンプなのは宿泊費を節約するためでしたけど、テントとかガスボンベとかキャンプ用食器とか機材を準備してたらそれ以上に費用が必要でした。
 ファミリーキャンパーに人気のスノーピークではなく山岳用の方向で用意したのでバカみたいにお金がかかるわけではないですけどね。そのかわりテントの中では立ち上がれませんし、晩御飯は毎回、パエーリャです。要は洋風炊き込みゴハン。下ごしらえは一切無し。

作り方。無洗米に水を入れます。ビールを飲みます。1時間弱経過したら、材料を切って入れて調味料を振りかけて火にかける。15分で炊き上がり。10分蒸らして完成。鍋から直接食べます。誰でも簡単においしくできます。ニンニク少し入れた方がいいと思う。
 切るのは小さめの包丁がいいですね。アウトドアナイフですと、刃わたりが短くて使いにくいです。研いでおくといいです。野菜がスッ・・と切れますから。自分の手も切っちゃいそう。・・で自分の手も切っちゃいました。Dsc01228_77

 テント泊で暴風雨がきたらどうしようか? ですが、そのための山岳テントです。原則、テント泊としてお風呂は日中に源泉の温泉に寄る。「決定版 北海道ホンモノの温泉」(松田忠徳著)で見当をつけて回りました。現代的なキレイな温泉はありませんでしたが、長年の湯垢、湯花が感じられる年月に馴染んだ温泉場ばかりでした。全部、源泉かけ流しでしたから良かったです。
 キャンプ場は「北海道キャンピングガイド2017」(発行 (株)ギミック)で探しましたが、沢山ありますからよりどりみどりです。観光地とか快走路はツーリングマップル。ロードスターで回りますから快走路は楽しめるはずです。

●さて出発は2017-7-7 11:45新日本海フェリーで新潟港を出港
夕飯は早めに食べて寝ます。部屋はツーリストS。船が新しかったので鍵つきの個室になってます。

7-8(土) 4:45小樽到着
日本海側を北上します。
送毛峠で千本ナラを観光。かなり老齢です。
留萌まで海岸沿い。早朝でかなり涼しい快走路。Dsc01253_78
留萌を過ぎるとオロロンライン。快走路。

(はるか前方に雲が・・・。というより行ってみてわかったんですが、霧です。その上空は快晴。)

自動車は少ないです。そして人口少ないです。先行、後続の車はあんまりいないです。
道路は広めに作られてますから快調に走りました。
11時前にはサロベツ原野に到着。風力発電のプロペラが並びます。

Dsc01262_78



曇ってます。・・というより、北なので霧が出てるんです。霧の上は快晴のようです。
昼頃には今夜の宿泊地、豊富町の兜沼公園キャンプ場に到着。林と草地の豊富なゆったりした立地でした。
今日の走行距離329キロ
お花畑の一角に決めて設営。
今日の入浴と昼食に豊富町ふれあいセンター。ジンギスカン定食を食しました。たっぷりの水が付いてきましたので「これ、どうするの?」と聞くと「鍋の周囲に入れるんです。」なるほど鍋の周囲が幅広の溝になってて水を貯めるようになってます。
オイシカッタよ。
で、いい湯加減の共同浴場へ。なるほどかけ流しで湯の使い方がゆったりしてますなあ。のびのびーーーーー。
次は宮の台展望台。サロベツ原野を一望。次に稚内へ買い出し。ノシャップ岬で強風で吹き付ける霧を浴びてキャンプ地へ。
明るい内にビールを飲みながらパエーリャを作ります。Dsc01272_784

今日はテント泊は私一人だけでしたが、夕方には自動車旅行、バイク旅行の方々が順々にバンガローに入りました。
夜8時には就寝です。Dsc01283_78730

2015年8月30日 (日)

2015PBP 8/12-8/23 その3

マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。(えっ??なんじゃそりゃ。)

・・・とその前に、
 220地点のVillaines-la-Juhelでは「ペンギン散歩」のお二人にお会いしました。体調不良でDNFだそうです。私と違って完走を目指していたんですから、(いやいや、私以外は最初っから完走を目指してるんです。それが普通。)さぞかし残念のことと思います。
 帰宅直行バスの今日の空きはないんですが、ちらほらDNFの方が増えてるのでワゴンタクシーなんかが手配できたら私も同乗して、私の直行バスの席に他の人に乗ってもらおうかな、なんてことも考えましたが、ワゴンタクシーは無いらしい。
 お二人は明日の午前中の直行バスで帰ることに決めましたので、私は当初予定どおり午後の直行バスで帰りました。

そうやって帰ってきたホテルのベッドの上で目の痛さで目が覚めた。
 旅行保険会社に電話するとタクシーでパリの病院へ行け、と言うのでホテルフロントでタクシーお願い、と言うと「今、タクシーは無いよ。」
スマホで翻訳して「結膜炎なんです。」 「そこに座ってなさい。来るから。」
なんか来ることになったらしい。
 到着してみたら救急車でした。日本のより大きい。宅急便配達車なみ。
 救急隊員「パリには行かないよ。ベルサイユの病院に行きます。オーケー?」 私「オーケー」
 電気イスみたいた椅子に座ってシートベルト。
 病院到着。救急隊員「私たちは帰るけど、いいですか?」 「はい。メルシー。」
 診察してくれたお医者さんは20代くらいの女医さん。アラブ系? 細かい質問だったので旅行保険の方をスマホでお願いして通訳してもらいました。
結局 「治療は無しよ。薬がでたらちゃんと点眼してね。」 美人でかわいい方でした。
細かい指示と処方薬の受け取りがわからなかったので再度、旅行保険の方を呼び出して通訳してもらいました。

終わってみれば午前4時。あとは帰るのみ。でもベルサイユなんだよね。・・帰りますか。目以外は故障してないもんね。ということでスマホのグーグル地図でナビしてもらって夜の道を歩きました。予測所要時間2時間。グーグルナビは最短を案内します。歩道のない道も案内します。距離は近いんだけどね。
夜のベルサイユ宮殿を見ました。人のいない石畳の街路は良かったです。

ホテルに着いても朝7時。薬局の開く9時まで辛抱しないといけません。
朝9時、近所の薬局に行きますと30前後の薬剤師の女性。一見、ベトナム出身? 「保険で支払う手続きをしますか?」 控えめでやさしい声と配慮がうれしかったです。あとで保険手続きで書類足りないなんてトラブルとなると迷惑になるので 「私が払います。あとで保険会社に請求します。」 「そうしますか? じゃそうしましょう。」 念のため、点眼薬を口にたらすマネをしたら、笑顔で(イエイエ チガイマスヨ。メニタラスンデスヨ) とのこと。なんだか胸のうちがじんわりします。
点眼薬をホテルで点眼してひと安心して寝ました。起きて点眼してパンを食べては寝ました。それを何度か繰り返すと翌日です。もう違和感があるだけまで回復しました。ホテルの方にも感謝、救急隊員にも、女医さんにも、薬剤師にも感謝です。
では、ということで今日8/19日から観光です。201508182_p8200542

8/19から8/22のフランス出国の日まで観光してました。日本で事前に2階建て観光パス2日間乗り放題バス券とパリ美術館見放題2日間券「パリミュージアムパス」を購入しておきましたが、途中でバス2日間券と美術館2日間券をもう一回買って美術館めぐりをしてました。セーヌ川遊覧クルーズにも乗りました。観光パス券は運転手に言えば買えますし、パリミュージアムパスはたいていの美術館で買えます。
土日は観光客でバスが混んでパスがなかなか進まないので観光パス利用は平日限定がいいようです。ピカソ美術館は土曜の午後は入場制限でした。でもほかは行列に並ぶこともなく、オルセイ、オランジュリィ、ピカソ、ポンピドー(パリ近代美術館)、モロー美術館を巡りました。だいたい2度は行きました。ルーブルは昼食とトイレに寄っただけで中には入りませんでした。現代人にわかりやすくおもしろいのは印象派前後の絵だと思います。古典(ルーブルとか)は見ても・・・んーーーー・・・という感じなので見なかったです。一番鑑賞する人密度が高かったのはゴッホでした。
エッフェル塔、ノートルダム寺院は何度か通過しただけ。やっぱり行列は長かったよ。20150818p8220612

窃盗らしき人には2度遭遇。オランジュリィ美術館を出たコンコルド広場で「ユニセフの署名お願いできませんか?」と少年。小学生のような女の子2人も署名用紙をもって囲んできます。いかにも何かを狙ってるような奇妙な組み合わせです。小走りで遠ざかりました。もう一回はエッフェル塔近く。「署名お願いできませんか?ジャポネ?」 と小学生のような女の子1人。ジャポネだからお願いするなら怪しいよねえ。私がウンザリとあきれた顔してたらうつむいて遠ざかって行きました。少し悲しかったな。少女も悲しかったかな。

ポンピドーの近くのアジア料理店(Le Mandarin de Rambuteau 中国、ベトナム、タイ料理らしい。)は格別おいしかったです。フランスで米を食べたのはここだけだった。

PBPで走った田舎にはフランス人以外は見なかったけど、パリや近郊には黒人、イスラム、インド、中国、ベトナムなど普通に住んでます。テレビで見ていた人種問題をじかに見てる感じ。それに単純労働者は有色人種が多かったと思います。観光地で自撮り棒やエッフェル塔ミニチュアを売り歩いてるのは黒人だけでした。

でもホテルの受付の男女の黒人はニッコリとして善良さが感じられました。
ホテルの近隣は高級住宅街ではなく5階?建て程度の集合住宅が多かった。いわゆる低所得者層の住む界隈。私はよく夕食材料を買いにその界隈のスーパーに行きました。
スーパーのレジに並ぶと、品物を置くところがベルトコンベアーになっていて、買い物カゴから取り出して品物をベルトコンベアーに並べます。カゴはレジ手前の床に置いておきます。次の人がならぶと前の人は境目を示す板、四角柱の金属棒に透明プラスチック板が差し込まれるようになっていて、それを客が手にとって自分の品物の後ろに置くと、次に並んだ人の品物との境目になるのです。
私は何回目かのレジでそうしたことを学習して、自分でプラスチック板を手にとって後ろの人の品物との境目に置こうとしたら、プラスチック板だけが持ち上がり下の金属棒が置いてある場所に残ってしまいました。
私は下の金属棒が抜け落ちたプラスチック板をほんの少し眺めていましたら、それを見ていた後ろのベール姿のイスラム女性が「プッ」と吹きして笑ったのです。私も「プッ」と笑ってしまいました。人種、信仰が異なっても笑えるポイントが同じなんだね、となにかが通じた感覚を持ちました。

というわけで、美術館巡りを楽しんだPBP旅行でした。

語学について。
「every day english」の入門シリーズCD6枚組を数カ月、時々聞いてました。通勤の自動車の中で聞き流し。ゆっくりなら英語を聞き取れるようになります。あちらの人たちの通常スピードの会話は部分がわかる程度。単純なお願いなら英語を話せるようになりますし、あちらの発音ができるようになります。ようするにあちらの発音で慣れることですね。聞き取りたいと思って聞くとわかるようになるし、通じると思って話すと通じると思います。語彙数を増やすといいです。私は乏しかったな。


店で頼むと大量に出てくるけど600円程度必要。スーパーで安く買ってバッグに入れとくと節約になります。
ホテルでポロシャツを何回か洗濯しましたが、フランスのお湯は石鹸をつけても泡立ちません。汗が抜ければいいということで洗ってました。

食事
スーパーでパン、チーズ、ハム、牛乳、トマトを買ってサンドイッチにして毎晩食べてました。外ではサンドイッチとコカが安めかな。運よくアジア系の料理店が見つけられればゴハンがあるので落ち着くでしょう。

ファッション
パリを歩いていて、人々が服をおしゃれに着ているな、と思ったことは日に何度もあったけど、「ファッションの流行」は全く感じなかった。思えば日本人は同族と同じかどうか、同族からはみ出ていないか、ということは気にするけど、自分らしさは二の次なんですね。同族と同じにして安心する人が多いので「流行」が生まれる。パリで思いました。もしかすると同族と同じであれば、自分らしさは考え無くてもいいんだろうな。最近はやたらと「絆」という単語があふれていますが、「絆」という単語が流行するのは日本ならでは、かもしれません。

2015年8月27日 (木)

2015PBP 8/12-8/23 その2

8/16 まだ明るいけど20時01分頃たいした遅れもなくスタート。
 サンカンタンイーブリン市内を右に左に曲がりながら次第に郊外に向かいます。ペースは時速25キロ~35キロ。ゆるーい列車になりながら、適当にばらけてるのは最終スタート組ならではだと思います。20150816p8170468

 ゆるーい下り、ゆるーい登りを通過しながら一面、畑の広がる郊外へ。これくらいの勾配なら楽だなー。なんて思いました。
 23時頃、開いていたバーでサンドイッチを補給、トイレも。
 全く日本人とは並走せず、もっぱら英語圏の方々と一緒。国旗がはためいていたオーストラリアの方との並走が多かったかな。
 次第に坂ばっかりなのでウンザリしてきました、という頃、8/17 5時頃140キロ地点の補給ポイントに到着。左膝は疲れが出ているみたい。とりあえずスパゲッティ補給を食べて膝に消炎鎮痛剤を塗って2時間くらい就寝。

 起きてみたらほとんど誰もいなかった。どうやらDNFらしい中国語圏のアベック1組、かなり遅れて食事していてDNFらしきアジア人1人がいらっしゃる程度。裏返しにして乾かしたレスキュー袋をたたんでいると「日本人の方ですか?」と話しかける方。関東にお住まいのTTさんとのことです。いままで2回PBPを完走したが、昨年、大腿骨を骨折して金属プレートを入れていて、痛くてDNFするらしい。20150816p8170472

 そういえば自転車で骨折の経験の方は多いです。昨日、おとといも背骨骨折2人、鎖骨骨折1人など狭い範囲で骨折経験の方ばっかり。
 しばらくお話しましたが、私は、明るくなったしもう少し走ってみようかな、ということで辞して8時過ぎ出発しました。

 明るくなってみると道はゆるーいアップダウンを繰り返すのみ。パリ近郊よりは斜度がきついかな。スピードが落ちたら補給食を食べてスピードアップ、を繰り返しました。延々とこの繰り返しだから補給食は想定より多く携帯しないとマズイみたい。
 充分に景色と坂を堪能して12時頃 220キロ地点の最初のチェックポイントに到着。DNFですけど記念にスタンプを押してもらいました。140キロ地点を3時間遅れで出発しましたが、ここで1:20遅れなので1:40短縮できました。のんびりペースでこの短縮が可能だったのでコースのきつさ程度がわかります。1200キロ続くので楽ではないんですけどね。
 さてスタンプ押してくれたスタッフにDNFと伝えると反対側のブースに導かれました。どうやらDNFした者を運搬するサンカンタンイーブリン行の直行バスがあるけど8人定員満杯らしい。「もう一人どうにかなりませんか? 乗りたいんです。」と伝えると何分かやりとりしてくれた後、「乗れることになったよ。」とボランティアスタッフのおばさんがニッコリ。同乗の方々はインドからの参加者。数名いました。
 もともと私は、ここから30キロ程度離れたTGV路線のどっかの駅まで自走で走り鉄道で帰るつもりだったので、直行便バスを確保できて一安心しました。20150817p8170508
 そうそう、膝の調子はというと、400キロ程度までは無難に走れるけど1200キロ走ったら故障するだろうな、・・と感じました。フランスの田舎の景色も堪能したし帰ることに決めました。

・・・と、それよりも、目の調子が悪くなってきた。左目は140キロ地点で少々ゴロゴロしていたが、このPCではかなり白目が赤くなりゴロゴロしてきた。まずい。渡仏前に懸念はしてましたが、やはり1200キロ走れる状態ではないようです。DNFで正解でした。

 さて昼食です。昼食会場でスパゲティ注文、ビールも注文しました。すると小学生くらいの女の子二人がトレイを運ぶ絵を示してニッコリします。(運んでくれるっていうことかな?) 運んでもらいました。二人はニコニコして時々振り返っては笑ってます。スープがこぼれたりしますけど彼女らは笑顔、笑顔。テーブルに到着して、ありがとう。メルシー。思わずチップあげました。喜んでましたよ。楽しく昼食食べました。ビールおかわりしました。お腹いっぱい。

 さてインドの方々とバスに乗りこんでサンカンタンイーブリンに出発。運転手は地元のおばさんらしいかなり太めの彼女。運転席に自らの体を押しこむように乗りこんでました。バス料金は90ユーロ。インド人は「高いよ!」と言ってました。インドの水準からすると高いんでしょうね。90ユーロと聞いて自走で引き返してるインドの方もいるらしい。 (あとで聞いたところによると、900キロ走ってDNFした人の乗った直行バスの費用30ユーロだったそうです。つまり300キロで30ユーロ。そりゃ安い!!! 東京-新潟間が4000円ですからねえ。) ボランティアスタッフが運転手のようですので感謝しましょう。日本の220キロで言うと新潟市から高崎市まで行くようなもんです。大変ですよ。運転好きじゃなければイヤでしょう。ボランティアの彼女がサンカンタン近郊で道を間違えたのは無理もありません。田舎の人なんでしょうから。もう一回間違えそうになりましたけど。でも彼女はいい人です。笑顔で「また会いましょう。」って言って握手を求めてきましたので、もちろん私も「4年後、また会いましょう!」って握手。言ったからには4年後、走らないとね。・・・・えーまた走るのか・・・・。ハッハッハッ!
 で、ホテルまで10分くらいで自走してベッドの上で意識を失って目を覚ますと、
8/18 夜1時くらい。左目が痛い・・・・・。
 マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。えっ??

続く・・

2015年8月24日 (月)

2015PBP 8/12-8/23 その1

2015PBP 8/12-8/23
行ってきました。PBP。
ついでに初のヨーロッパ。
いつもの自転車紀行とは違う意味でおもしろかったです。

8/12 新潟出発の間際まで仕事の調整に追われました。同僚に送ってもらって新潟駅へ。新幹線で東京。蒲田駅あたりで前泊。

8/13 10:30頃に空へ。飛行機では隣窓側の外人と大体同じにビールやらワインやら飲んでました。機中では全く眠くならず5本映画鑑賞。目が疲れたけど結構、感動しました。「スタンド バイ ミー」とか。やっぱり名画っていいですねー。11時間で到着。
現地は夕方5:30 バスで1時間、ホテルへ。英語が達者な神奈川のTさんと近くのサンドイッチ店でノーマルサイズを注文すると特大のサンドイッチと山盛りのポテト。そして就寝。同室の方は長岡市在住のUさんでした。

8/14 朝、ホテル前で適当に集まった6人とコース試走。
この時の体調というと膝以外は大丈夫でした。去年秋から膝の違和感がありましたが、今年に入ってから違和感が続きました。春にサドルがかなり後ろにズレてるのに気付きましたが、そのせいだったかもしれません。
整体師に足のバランスをみてもらい左右のバランス、力の踏み方を修正したのは別の意味でよかったです。右足は強かったので突っ張るような使い方で右側面が緊張気味。左足は弱いので逃げるように左に曲がって荷重、でした。整体師のアドバイスでペダリングを修正。歩き方も良くなりました。
肝心の左膝の調子悪さは軽く見ていましたが、PBP出発直前8月まで微妙な状態が続きましたので、PBPは膝を痛めない程度に適当に走ってDNFすることに決めました。新潟出発の際に同僚から「参加することに意義があるんじゃないんですかー?」(この方は私が完走できるとは全く思っていないのです。) と言われますます気持ちが軽くなりまして、今回は観光が目的となりました。
今朝の試走の感想は「左膝はやっぱり微妙」という感触でした。
帰りにPBPスタート地点のサンカンタンイーブリンの町のオープンカフェでランチ。

8/15 自転車のチェック時間は9:30
受付場所がわからず右往左往。受付終えても品物受け取りの長蛇の列。おまけに列が適当でいつまでたっても進まない。10:30頃ようやくジャージやら受け取りました。
ホテルに戻って後、私は同室のUさんとともにパリへ観光に出かけました。
サンカンタンイーブリンのバス路線で国鉄SNCFのサンカンタンイーブリン駅まで、そしてJAVEL駅に到着し、市内のバス路線、地下鉄でエッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院を回り、長蛇の人の列に驚きました。そして並ばずに帰りました。「そんなに長時間並んでまで見る気になれない」と正直、思います。まあ自分はまだ一度も見てないんだからそう思うのもどうかと思うんだけど。20150814no2p8150411




変わった体験といえば凱旋門の近くのオープンカフェでお茶してトイレ借りました。実は前日の朝、朝食で出てきたチーズの赤いのを食べたんですが直系4センチ程度の少し潰れて丸く柔らかい赤い色でした。半分に割ってみますと中は白い。赤いのは皮のようだ。赤いのも食べるのかなあ、あ、でも食べないかも、試しに赤いのも少し食べてみますと食べれるほど柔らかい。残った半分をよく見ると赤い皮の外に引っ張る紐が出ていて赤い皮を剥くようにできているみたい。隣の人を見ると赤い皮をきれいに剥いてある。なあんだ、ただの蝋でできた皮なのか。でも4分の1程度食べちゃったよ。
そんな昨日の食事のせいか、今日はお腹に違和感が・・・。と、歩いているうちに増々お腹が張ってきた。そんな次第で凱旋門の近くのオープンカフェに入りました。「トワレ?」と店員に言うとコインもどきを渡されてトイレドアにコインもどきを入れて入室して致しますとえらくスッキリできました。(これって、昨日の赤い蝋が全部出たってことかな??)
そんなんで以後は快調に以後のパリを散策しました。20150814p8160449

8/16 夜20時スタートですので昼、目をつぶって休んでいました。スーパーで買い出ししておいたパン、チーズで夕食を摂って18:30頃ホテルを出発。
スタート会場に入ろうとウロウロしてますと、「ここはSだ。おまえはTだからこっちだ、こっちだ」と言ってます。「Sの意味は何だ?」と聞きますと、「SのあとにTが出発するんだ」ですって。
集合場所ではどうやらT組は最終スタート組らしく、全体に前に詰める雰囲気もなくのんびりばらけてます。いい雰囲気です。はるか前方ではスタートやってる最中で盛り上がりを見学したりして時間を待ちます。時々私の自転車の自作の前カゴが面白いようで質問されました。「これはどうなってるの?自作?」「そうそう自作。フタが開くのよ。フタにタイムリミットも書けるしね。」写真も撮られました。次回はもっと目立つようにペイントでもしようか。
さて20時の10分ほど前になるとスタート場所まで移動。最初っからDNF予定ですので内心盛り上がりが少し程度あるだけで緊張感が全くない。
そんな感じで20時01分頃たいした遅れもなくスタートとなりました。

この続きは次回。

2015年7月28日 (火)

最近のトラブル

・・なんていう題があると、私なんかすぐ食いついちゃいます。
で、順調にクリアしました。しかも余裕でした、なんていう記事だと、読み飛ばしてもう次の記事も読む気がなくなって再訪することもない・・ということが多いんです。
で、タイトルどおり最近もいろいろトラブルがあるのが常なんですが。

●膝痛です。
去年の広島1000では900キロあたりで左膝痛が出てました。今年近畿では400キロを走った翌日の600キロの500キロあたりで、つまり前日から通算で900キロあたりで左膝痛が出てました。
で、6月中旬に裏磐梯1周290キロをしたら裏磐梯から降りた若松あたりで膝痛が・・・。
どうも気になる・・。と気にしていたら違和感が増々。
サドルの位置を確認したら後ろにズレていたことが判明したり、整体に行ってみたら左右の骨盤の位置がズレてますということで。気持ちは良かったんだけど。
骨盤やら背骨やらズレを修正してもらって翌日走ったら50キロをいつもは2時間10分程度のところ2時間1分で走れたり・・・。整体さんが「パワーがアップしますよ。」とおっしゃったとおりでした。その反面、疲れが一段と少なかったなあ。感心感心。これはいい試みでした。
これは朗報ですが、膝痛が再発するのかどうか気になるので現段階では完走できるかどうかという点は・・・いやいやその前の段階ですね。20150704_2

そんな感じで今は長期休養中。

●目をやりました。
サドルバッグに取り付けるお手製のプラスチック製の泥除けをいじっていたら、クルッと回転して左目をカスッたんです。
直後、かなり目にゴロゴロの違和感を感じて医者に行く途中でだんだんと涙があふれはじめ、診察がおわったらヒドイ違和感。夜は痛みで2時間おきに目が覚めました。頭痛もして歯痛もして目痛もしてそんな状態でよく断片的にでも眠れたなあと驚き。それくらい痛かったよ。
翌日はやっぱり左目が痛いんだけども他にすることもないから涙を溢れさせながらホイールのスポーク調整をしてました。
5日経過くらいで違和感もほぼ消え全快したと思う。
医者に膜の厚さはどれくらい? と聞いたら「1ミリ」 いやあ、危なかった。
これを会社の人に話すと、人によっては目をつぶって耳を覆って身をかがめる人もいて、私は怪我した当人ですけど
(あなたのそんな仕草を見てるほうが危なかった程度を身にひしひしと感じるわー)
と思いました。

●いろいろフランス向けに買ってお金が・・20150704_3

今日、カードの請求書で判明したんですが、今月の自転車用品のショッピング額合計が12万円だそうで・・・。用品を買っても気分は高まるけど走力には関係ないし、まだフランスにはたどり着いてないんですけど。

●お手製自転車部品

目をやった関係で、縁起が悪いから「サドルバッグに取り付けるお手製プラスチック製泥除け」は廃棄となりました。代わりにシートポストに取り付ける既成の泥除けを改悪?して後ろに後輪の跳ねを遮る板を取り付けました。これが後輪泥除け。
前輪はダウンチューブのほうに10センチ幅のプラスチック板を取り付けて前輪用泥除けの完成。フランスのナメクジ除けとしては充分かな。
相変わらず前カゴは骨壺のように見えるカゴを取り付けます。色は白の半透明に変更。前の白不透明で作ったカゴはホントに骨壺に見えたなあ。

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