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2015年5月の2件の記事

2015年5月10日 (日)

近畿BRM502 BRM503 BRM505 に参加しました。福井から大阪ゴール

5/5は600キロ。集合は福井市の早朝4:00。
で、私の目覚めは早朝3:00 調子は悪くなさそうなので今日も走ることにしました。

このコースの紹介文は
「ひたすら400kmに渡って海岸を走り続けますが、その道も平坦路から細かな溺れ谷へと連なり やがてランドヌールを切り裂く鈍い刃へと変わるでしょう。
越前、若狭、丹波、但馬と日本海の海岸を進み鳥取砂丘を越えて南下を開始 戸倉峠を越えて播磨から摂津 三田、猪名川を経て枚方へ。近畿地方の北部・西部を探訪します。
陽は沈み、その赤も色を失ったとき、未だ折れぬ心を保ちうるか否かが問われます。」

ちょっと「おどろおどろしい」内容ですね。
京都府の丹後半島から城崎温泉を経由して兵庫県、それから鳥取砂丘までの海岸地帯の道150キロは、私も去年春、下関から魚津まで1000キロ走る際に北上して通過しましたが、峠の連続できついと思います。

昨日もそうでしたが、今日もMichael Jackson の Heal the world のメロディー気分です。走行中によくメロディーが流れてきました。耳のあたりにね。空耳ですけど。

出発して、しばらく。早朝に福井県の爽やかな越前海岸を走ってますと(20-80キロ地点)、ああ、ここが去年ベンチで仮眠したところだね、ここは電池を自宅に送った郵便局、昼食を食べた食堂、少し痛んだ足を乾かした堤防、・・・などなどいろいろ思い出されます。懐かしかったです。

10時頃 三方五湖(120キロあたり)は穏やかな水面の湖でした。気温は10度台。日が照っていれば暖かいけど日陰は寒いかな・・という程度。ウェアは半そでジャージ、夏用腕カバー、冬用足カバー、短パンに長袖ウィンドブレーカー。2015050594

舞鶴(183キロあたり)では軍艦を見ました。

16時頃 天橋立(217キロ地点)は通行できるんですねえ。人がたくさん、自転車もたくさん、バイクも走ってました。

16:41-PC3 (231キロ地点)
丹後半島のPC3を過ぎますといよいよ本格的な海岸線のアップダウンに入ります。PC3を出発してみると空気が冷たくなってきましたのですぐにPCに戻って大きめのレジ袋を買いました。お腹にいれて耐寒を保つためです。なかなか暖かくなりました。新聞紙が売ってなかったのでレジ袋にしたのですが、それも良かったようです。新聞紙だと汗で濡れると駄目だと思います。この600はアップダウンが厳しいので天候晴れという予報もあり軽量化のためカッパ類を自宅返送しましたが、これからの寒さに不安になってきました。2015050510

いくつもの峠を越えました。高度は50mからせいぜい150mですが押し歩きも混ぜながらこなします。

途中、岬が連なる夕焼の景色や水面に映る月に見とれました。走る元気が湧いてきました。おかげで2回道を間違えました。

21:39-PC4 (308キロ地点)
城崎温泉のPC4ファミリーマートには下駄を履いた浴衣姿の若い男女が大量に溢れていました。私のほかブルベライダーも何人かいましたが、ブルベライダーの過酷な出で立ちと比べて寒暖のギャップを感じました。寒い中ここまで走ってきてこの地がなお一層冷え込んでもいましたので精神的にめげた方もいたと思います。
私はここで防寒のためポンチョを買い上に重ね着しました。かなり効果がありました。背中ポケットに入れておいた夏用足カバーを重ね履きしました。

5/6-0:59 峠を下ったとき、餘部(あまるべ)の道の駅(342キロ地点)が左手に見えたのでトイレ休憩し、私は急いで出発し右に出ました。そして道を登り峠を越えて下り走りました。すると対向車線をブルベライダーが進んできました。(1:29) 相手も停車したので、道を逆走するのはよくあるんだよね、と思いながら話をすると変です。夜警のおまわりさんもやってきました。相手が「餘部はどっちでしょうか。」 おまわりさんは「あっちですね。」と私の進んできた方角を指します。そして背後をもう一人のブルベライダーがその方角に走って行きました。なんと逆行していたのは私でした。私は事態をしばらく飲み込めないままみんなに従って戻りました。気持ちがしぼんでしまったのはいうまでもありません。とりあえず進みましょう。峠一つを2回無駄に越えることになりますが。

その後、寒さが酷くなってきて防寒していない手が冷たさで耐えがたくなってきたので、コンビニでカッパのズボンを買い、携帯していたカッターで足部分を切断して筒を2本造り手にかぶせて手カバーとしました。効果抜群でした。

5/6-4:44 (382キロ地点) 明け方5時前、鳥取砂丘の時計台に到着。建物脇のベンチで横になって休んでいた方がいました。スタッフの連絡先を尋ねてきたので、ブルベカードに書いてあるよ、と返答しました。彼はここまで何度も吐いて体力的にもう進めない、とのことでした。私よりかなり背が大きくガッシリした体型の方でしたが残念ですね。レスキューシートは持参していないようで、明け方の外のベンチではかなり寒いだろうと思います。

鳥取市ではホテルで仮眠する予定でしたがその時間はなくなりました。やっぱりそうですね、私の脚力では。 あとでGPSデータで天橋立からここまでの標高50m以上の峠を数えますと24個程度はありました。

5:08 鳥取市を出るあたりのコンビニでレスキューシートにくるまって30分仮眠することにしました。レスキューシートは袋状になってます。コンビニ駐車場はずれの乾いたあたりで、下になにも敷かずレスキューシートに足を入れ耳栓をして頭までくるまって手を内側に入れますと、驚いたことに覆った瞬間から暖かさを感じるではありませんか。10秒もしないうちにポカポカ。ホッカイロは全く必要ありません。思わず心から「アッタカイ・・・」とつぶやいてしまいいました。瞬間、眠り落ちました。20分して目が覚めました。
そしてサッパリして高度730mの峠に出発しました。

峠の前では当然ですが押し歩きしました。1時間程度歩いたかな。頂上のトンネルを抜けると期待していた下りです。ところが向かい風で思ったほどスピードがのりません。焦ります。

結局、麓のPC6 (480キロ地点) ではリミット30分前に到着しました。11:31 あまりゆとりはありませんので、手早く胃腸薬を飲んだりおシリに軟膏を塗ったりトイレに行ったり補給したりするとすでにリミット時間を6分経過しています。
次のPCまで距離53キロを時速15キロで走るロードバイクマンと競争となります。既に私は6分経過してますので急ぎましょう。

何度か「もう400は完走したし、600は次の機会もあるからダメでもいいかな。」とも思いましたが、「いやいや、再度この苦しみを味わうのはイヤだ!」と思いなおします。
アレ? ブルベって苦しいんだっけ? 
もともと私は観光としてブルベを走り始めましたから苦しさを追及することには意味を感じないのです。楽しさあってのブルベなんです。
走りながらブルベの意味を考えてもホテルに着く時間が早くなるわけでもないので考えるのはやめましょう。

時々向かい風になりますがなんとか平均時速20キロを維持できるように少し踏みます。さきほどのPCでは消炎・鎮痛ジェルを手足に塗りこんでおきました。貧脚ですので薬でも塗って頑張ってもらわないと間に合いません。

最後のPC7 (533キロ地点) にはリミット30分程度前に到着しました。15:05 暑かったです。ここから最終ゴールまで71.3キロ。これから信号が多くなるので時速20キロ以上を維持できても安心できません。少しの仮眠の必要を感じました。仮眠せずにこのまま走るという方法もありますが、居眠り運転の危険があるし、眠くて足に力が入らないでしょう。眠くなってくると視界が一瞬ブレることが起こります。そろそろ危険というシグナルです。
ただこのPCには唯一の日陰にオートバイの一団がいらっしゃったのでここでは無理です。仮眠場所を求めて走りだしました。

次第に眠気と筋肉の無力感が増してきます。小さな丘を越える時、右手に歩道橋が見えました。あの陰ならいいかもしれない。16:08 タイマーをセットして目のうえに足カバーをかぶせ耳栓をして横になりました。
最初は太陽の光で暑かったけど、しばらくするとフンワリと感じます。そして体の左側で風が動きました。なんだか自然に包まれているような感覚です。私に自然のエネルギーを思い出させてくれました。この風とともに楽しく走れそうです。
走りだす時がきました。
私は起き上がりペダルを踏みしめて加速しました。ゴールはもうすぐそこですね。

風を感じながらワインディングを下り信号を越え道を急ぎました。気温は涼しい程度まで低下してきています。爽やかです。

ゴール枚方到着 (604.3キロ) は19:30頃。自転車から降りて足で立つとなんだかゆらゆらします。心地よい疲れでした。201505033

近畿BRM502 BRM503 BRM505 に参加しました。大阪から松坂経由、福井まで

BRM502 近畿300km 枚方
BRM503 近畿400km 松阪
BRM505 近畿600km 福井
に参加しました。
といっても502は途中でショートカットして早めに休憩しましたけど。

早割の航空券で大阪伊丹にいってAPホテルで仮眠。(アパホテルかと思ってましたけど全く関係ないそうです。)

●5/2 300キロは夜0:00出発です。たぶん途中でショートカットかなあと考えてそのルートもGPSに入れておきましたが、やっぱりショートカットしました。
今年は走り始めだし次の400キロ、600キロのために体力温存です。まあ、JRだとお金がかかるので自走移動して費用節約するためもありますが。走行距離は160キロ。

東吉野村のあたりでは動物がたくさんいました。おしりの白い鹿の群れが道路を横断していくのにびっくりしました。登って行った斜面を見ると人間ではずり落ちそうな急斜面でした。20150503_15



早朝の薄暗いうちに広い谷のあちらこちらからいろんなさえずり声が聞こえました。にぎやかなほどに。

奈良県から三重県に峠を越えると夜が明け暖かくなり私の視界もブレ始めました。眠気のためです。道の駅のような施設のベンチの上で30分程度横になり、のんびりと松阪市に到着しました。

●5/3 400キロ。集合は松阪市 午後2:00、これもまたいつもより遅いね。
「三重から北上し岐阜、富山、石川、福井と霊峰白山を中心とした近畿地方東部・北部外縁部が舞台」
というコース設定でした。

出発してから名古屋市の西、長良川の堤防上を北上してるときは追い風があってとっても楽ちんでした。新潟で走ってるときは25キロは堤防上を走るので慣れてまして退屈はしません。人によっては退屈のようです。2015050242

ひるがの高原にむかって登ってますと後ろから追い付く人がいます。下りでペダルを踏んで逃げると登りで追い付いてきます。2、3度繰り返した頃、話しかけてみますと、なんと北海道でいっしょだったhigさんでした。今回は小径車で参加ということで体力強化のための取り組みだと推測しました。

岐阜県のひるがの高原は峠でして分水嶺がありました。

白川郷はよく手入れされた合掌造り集落がありました。維持にお金がかかりそうですね。20150505_62

五箇山を登るときにはあまりの急勾配に押し歩きしました。あとでスタッフから「歩いてよく間に合いますね。」と感心されました。いやいや、自慢するほどではないですけどねえ。ちなみに私以外に歩く人はいないと思います。

金沢大学あたりではきれいな大学生のお姉さんが歩いていらしてました。
兼六園も通過しましたけど、以前、兼六園のお茶屋で日本酒を飲んでのんびりしたことがありました。

そんな感じで走ってきましたが、通常の400キロなら早朝出発で仮眠の必要はないんですが、今回は午後2:00出発ということで時間帯が悪いですね。眠くなってきました。市役所支所建物が閑散としていたのでその軒下を借りて仮眠します。
スマホをタイマーにして振動モードにして30分セット。たちまちフンワリして20分程度経過。タイマーの前に起床しました。まあまあ、スッキリ。

さて、それから最後の峠に向けて出発しますと手取キャニオンサイクリングロードが南西の向かい風で苦しみます。時間が押せ押せで焦って走ります。

山道のトンネル地帯に入りますとGPSにルートが表示されてません。つまりどこかでコースを間違えたということです。せっかく急勾配を押し歩きしてきたのに! 残念。時間を20分無駄にしました。焦って引き返して正式ルートに復帰するとやっぱり急勾配。さきほど費やしたエネルギーがもったいなかったよ。

やっとのことで、あー、つまり高度700mの峠前では押し歩きしましたが、峠を越えますと距離40キロのダウンヒルです。ここで時間を取り戻さないといけません。このあたり積雪のある地帯のようで路面は荒れてます。つまりところどころ穴がありますので右に左に回避しながらペダルを踏みつつ速度を保ちます。しょっちゅうタイヤが跳ねるほどなのに自転車って壊れないですねーー! 
あ、この自転車のホイール、自分で組んだんですよ。一つの車輪にスポーク32本。丈夫だろうなあと思います。組んだのは自分ですけどねえ。

そんなこんなで福井県の勝山に到着。ひと安心。ここから自転車をそのまま乗せることのできる「えちぜん鉄道」で福井市に向かいました。スタッフが待ってました。

さて振り返ると、苦しんだ400キロでした。最大の苦しみは「眠い」ことでしたね。早朝出発とは違いますね。

明日はどうしようか。明日目が覚めてから参加するかどうか連絡します、とスタッフに説明したうえで私は退散しました。

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