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2015年8月の3件の記事

2015年8月30日 (日)

2015PBP 8/12-8/23 その3

マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。(えっ??なんじゃそりゃ。)

・・・とその前に、
 220地点のVillaines-la-Juhelでは「ペンギン散歩」のお二人にお会いしました。体調不良でDNFだそうです。私と違って完走を目指していたんですから、(いやいや、私以外は最初っから完走を目指してるんです。それが普通。)さぞかし残念のことと思います。
 帰宅直行バスの今日の空きはないんですが、ちらほらDNFの方が増えてるのでワゴンタクシーなんかが手配できたら私も同乗して、私の直行バスの席に他の人に乗ってもらおうかな、なんてことも考えましたが、ワゴンタクシーは無いらしい。
 お二人は明日の午前中の直行バスで帰ることに決めましたので、私は当初予定どおり午後の直行バスで帰りました。

そうやって帰ってきたホテルのベッドの上で目の痛さで目が覚めた。
 旅行保険会社に電話するとタクシーでパリの病院へ行け、と言うのでホテルフロントでタクシーお願い、と言うと「今、タクシーは無いよ。」
スマホで翻訳して「結膜炎なんです。」 「そこに座ってなさい。来るから。」
なんか来ることになったらしい。
 到着してみたら救急車でした。日本のより大きい。宅急便配達車なみ。
 救急隊員「パリには行かないよ。ベルサイユの病院に行きます。オーケー?」 私「オーケー」
 電気イスみたいた椅子に座ってシートベルト。
 病院到着。救急隊員「私たちは帰るけど、いいですか?」 「はい。メルシー。」
 診察してくれたお医者さんは20代くらいの女医さん。アラブ系? 細かい質問だったので旅行保険の方をスマホでお願いして通訳してもらいました。
結局 「治療は無しよ。薬がでたらちゃんと点眼してね。」 美人でかわいい方でした。
細かい指示と処方薬の受け取りがわからなかったので再度、旅行保険の方を呼び出して通訳してもらいました。

終わってみれば午前4時。あとは帰るのみ。でもベルサイユなんだよね。・・帰りますか。目以外は故障してないもんね。ということでスマホのグーグル地図でナビしてもらって夜の道を歩きました。予測所要時間2時間。グーグルナビは最短を案内します。歩道のない道も案内します。距離は近いんだけどね。
夜のベルサイユ宮殿を見ました。人のいない石畳の街路は良かったです。

ホテルに着いても朝7時。薬局の開く9時まで辛抱しないといけません。
朝9時、近所の薬局に行きますと30前後の薬剤師の女性。一見、ベトナム出身? 「保険で支払う手続きをしますか?」 控えめでやさしい声と配慮がうれしかったです。あとで保険手続きで書類足りないなんてトラブルとなると迷惑になるので 「私が払います。あとで保険会社に請求します。」 「そうしますか? じゃそうしましょう。」 念のため、点眼薬を口にたらすマネをしたら、笑顔で(イエイエ チガイマスヨ。メニタラスンデスヨ) とのこと。なんだか胸のうちがじんわりします。
点眼薬をホテルで点眼してひと安心して寝ました。起きて点眼してパンを食べては寝ました。それを何度か繰り返すと翌日です。もう違和感があるだけまで回復しました。ホテルの方にも感謝、救急隊員にも、女医さんにも、薬剤師にも感謝です。
では、ということで今日8/19日から観光です。201508182_p8200542

8/19から8/22のフランス出国の日まで観光してました。日本で事前に2階建て観光パス2日間乗り放題バス券とパリ美術館見放題2日間券「パリミュージアムパス」を購入しておきましたが、途中でバス2日間券と美術館2日間券をもう一回買って美術館めぐりをしてました。セーヌ川遊覧クルーズにも乗りました。観光パス券は運転手に言えば買えますし、パリミュージアムパスはたいていの美術館で買えます。
土日は観光客でバスが混んでパスがなかなか進まないので観光パス利用は平日限定がいいようです。ピカソ美術館は土曜の午後は入場制限でした。でもほかは行列に並ぶこともなく、オルセイ、オランジュリィ、ピカソ、ポンピドー(パリ近代美術館)、モロー美術館を巡りました。だいたい2度は行きました。ルーブルは昼食とトイレに寄っただけで中には入りませんでした。現代人にわかりやすくおもしろいのは印象派前後の絵だと思います。古典(ルーブルとか)は見ても・・・んーーーー・・・という感じなので見なかったです。一番鑑賞する人密度が高かったのはゴッホでした。
エッフェル塔、ノートルダム寺院は何度か通過しただけ。やっぱり行列は長かったよ。20150818p8220612

窃盗らしき人には2度遭遇。オランジュリィ美術館を出たコンコルド広場で「ユニセフの署名お願いできませんか?」と少年。小学生のような女の子2人も署名用紙をもって囲んできます。いかにも何かを狙ってるような奇妙な組み合わせです。小走りで遠ざかりました。もう一回はエッフェル塔近く。「署名お願いできませんか?ジャポネ?」 と小学生のような女の子1人。ジャポネだからお願いするなら怪しいよねえ。私がウンザリとあきれた顔してたらうつむいて遠ざかって行きました。少し悲しかったな。少女も悲しかったかな。

ポンピドーの近くのアジア料理店(Le Mandarin de Rambuteau 中国、ベトナム、タイ料理らしい。)は格別おいしかったです。フランスで米を食べたのはここだけだった。

PBPで走った田舎にはフランス人以外は見なかったけど、パリや近郊には黒人、イスラム、インド、中国、ベトナムなど普通に住んでます。テレビで見ていた人種問題をじかに見てる感じ。それに単純労働者は有色人種が多かったと思います。観光地で自撮り棒やエッフェル塔ミニチュアを売り歩いてるのは黒人だけでした。

でもホテルの受付の男女の黒人はニッコリとして善良さが感じられました。
ホテルの近隣は高級住宅街ではなく5階?建て程度の集合住宅が多かった。いわゆる低所得者層の住む界隈。私はよく夕食材料を買いにその界隈のスーパーに行きました。
スーパーのレジに並ぶと、品物を置くところがベルトコンベアーになっていて、買い物カゴから取り出して品物をベルトコンベアーに並べます。カゴはレジ手前の床に置いておきます。次の人がならぶと前の人は境目を示す板、四角柱の金属棒に透明プラスチック板が差し込まれるようになっていて、それを客が手にとって自分の品物の後ろに置くと、次に並んだ人の品物との境目になるのです。
私は何回目かのレジでそうしたことを学習して、自分でプラスチック板を手にとって後ろの人の品物との境目に置こうとしたら、プラスチック板だけが持ち上がり下の金属棒が置いてある場所に残ってしまいました。
私は下の金属棒が抜け落ちたプラスチック板をほんの少し眺めていましたら、それを見ていた後ろのベール姿のイスラム女性が「プッ」と吹きして笑ったのです。私も「プッ」と笑ってしまいました。人種、信仰が異なっても笑えるポイントが同じなんだね、となにかが通じた感覚を持ちました。

というわけで、美術館巡りを楽しんだPBP旅行でした。

語学について。
「every day english」の入門シリーズCD6枚組を数カ月、時々聞いてました。通勤の自動車の中で聞き流し。ゆっくりなら英語を聞き取れるようになります。あちらの人たちの通常スピードの会話は部分がわかる程度。単純なお願いなら英語を話せるようになりますし、あちらの発音ができるようになります。ようするにあちらの発音で慣れることですね。聞き取りたいと思って聞くとわかるようになるし、通じると思って話すと通じると思います。語彙数を増やすといいです。私は乏しかったな。


店で頼むと大量に出てくるけど600円程度必要。スーパーで安く買ってバッグに入れとくと節約になります。
ホテルでポロシャツを何回か洗濯しましたが、フランスのお湯は石鹸をつけても泡立ちません。汗が抜ければいいということで洗ってました。

食事
スーパーでパン、チーズ、ハム、牛乳、トマトを買ってサンドイッチにして毎晩食べてました。外ではサンドイッチとコカが安めかな。運よくアジア系の料理店が見つけられればゴハンがあるので落ち着くでしょう。

ファッション
パリを歩いていて、人々が服をおしゃれに着ているな、と思ったことは日に何度もあったけど、「ファッションの流行」は全く感じなかった。思えば日本人は同族と同じかどうか、同族からはみ出ていないか、ということは気にするけど、自分らしさは二の次なんですね。同族と同じにして安心する人が多いので「流行」が生まれる。パリで思いました。もしかすると同族と同じであれば、自分らしさは考え無くてもいいんだろうな。最近はやたらと「絆」という単語があふれていますが、「絆」という単語が流行するのは日本ならでは、かもしれません。

2015年8月27日 (木)

2015PBP 8/12-8/23 その2

8/16 まだ明るいけど20時01分頃たいした遅れもなくスタート。
 サンカンタンイーブリン市内を右に左に曲がりながら次第に郊外に向かいます。ペースは時速25キロ~35キロ。ゆるーい列車になりながら、適当にばらけてるのは最終スタート組ならではだと思います。20150816p8170468

 ゆるーい下り、ゆるーい登りを通過しながら一面、畑の広がる郊外へ。これくらいの勾配なら楽だなー。なんて思いました。
 23時頃、開いていたバーでサンドイッチを補給、トイレも。
 全く日本人とは並走せず、もっぱら英語圏の方々と一緒。国旗がはためいていたオーストラリアの方との並走が多かったかな。
 次第に坂ばっかりなのでウンザリしてきました、という頃、8/17 5時頃140キロ地点の補給ポイントに到着。左膝は疲れが出ているみたい。とりあえずスパゲッティ補給を食べて膝に消炎鎮痛剤を塗って2時間くらい就寝。

 起きてみたらほとんど誰もいなかった。どうやらDNFらしい中国語圏のアベック1組、かなり遅れて食事していてDNFらしきアジア人1人がいらっしゃる程度。裏返しにして乾かしたレスキュー袋をたたんでいると「日本人の方ですか?」と話しかける方。関東にお住まいのTTさんとのことです。いままで2回PBPを完走したが、昨年、大腿骨を骨折して金属プレートを入れていて、痛くてDNFするらしい。20150816p8170472

 そういえば自転車で骨折の経験の方は多いです。昨日、おとといも背骨骨折2人、鎖骨骨折1人など狭い範囲で骨折経験の方ばっかり。
 しばらくお話しましたが、私は、明るくなったしもう少し走ってみようかな、ということで辞して8時過ぎ出発しました。

 明るくなってみると道はゆるーいアップダウンを繰り返すのみ。パリ近郊よりは斜度がきついかな。スピードが落ちたら補給食を食べてスピードアップ、を繰り返しました。延々とこの繰り返しだから補給食は想定より多く携帯しないとマズイみたい。
 充分に景色と坂を堪能して12時頃 220キロ地点の最初のチェックポイントに到着。DNFですけど記念にスタンプを押してもらいました。140キロ地点を3時間遅れで出発しましたが、ここで1:20遅れなので1:40短縮できました。のんびりペースでこの短縮が可能だったのでコースのきつさ程度がわかります。1200キロ続くので楽ではないんですけどね。
 さてスタンプ押してくれたスタッフにDNFと伝えると反対側のブースに導かれました。どうやらDNFした者を運搬するサンカンタンイーブリン行の直行バスがあるけど8人定員満杯らしい。「もう一人どうにかなりませんか? 乗りたいんです。」と伝えると何分かやりとりしてくれた後、「乗れることになったよ。」とボランティアスタッフのおばさんがニッコリ。同乗の方々はインドからの参加者。数名いました。
 もともと私は、ここから30キロ程度離れたTGV路線のどっかの駅まで自走で走り鉄道で帰るつもりだったので、直行便バスを確保できて一安心しました。20150817p8170508
 そうそう、膝の調子はというと、400キロ程度までは無難に走れるけど1200キロ走ったら故障するだろうな、・・と感じました。フランスの田舎の景色も堪能したし帰ることに決めました。

・・・と、それよりも、目の調子が悪くなってきた。左目は140キロ地点で少々ゴロゴロしていたが、このPCではかなり白目が赤くなりゴロゴロしてきた。まずい。渡仏前に懸念はしてましたが、やはり1200キロ走れる状態ではないようです。DNFで正解でした。

 さて昼食です。昼食会場でスパゲティ注文、ビールも注文しました。すると小学生くらいの女の子二人がトレイを運ぶ絵を示してニッコリします。(運んでくれるっていうことかな?) 運んでもらいました。二人はニコニコして時々振り返っては笑ってます。スープがこぼれたりしますけど彼女らは笑顔、笑顔。テーブルに到着して、ありがとう。メルシー。思わずチップあげました。喜んでましたよ。楽しく昼食食べました。ビールおかわりしました。お腹いっぱい。

 さてインドの方々とバスに乗りこんでサンカンタンイーブリンに出発。運転手は地元のおばさんらしいかなり太めの彼女。運転席に自らの体を押しこむように乗りこんでました。バス料金は90ユーロ。インド人は「高いよ!」と言ってました。インドの水準からすると高いんでしょうね。90ユーロと聞いて自走で引き返してるインドの方もいるらしい。 (あとで聞いたところによると、900キロ走ってDNFした人の乗った直行バスの費用30ユーロだったそうです。つまり300キロで30ユーロ。そりゃ安い!!! 東京-新潟間が4000円ですからねえ。) ボランティアスタッフが運転手のようですので感謝しましょう。日本の220キロで言うと新潟市から高崎市まで行くようなもんです。大変ですよ。運転好きじゃなければイヤでしょう。ボランティアの彼女がサンカンタン近郊で道を間違えたのは無理もありません。田舎の人なんでしょうから。もう一回間違えそうになりましたけど。でも彼女はいい人です。笑顔で「また会いましょう。」って言って握手を求めてきましたので、もちろん私も「4年後、また会いましょう!」って握手。言ったからには4年後、走らないとね。・・・・えーまた走るのか・・・・。ハッハッハッ!
 で、ホテルまで10分くらいで自走してベッドの上で意識を失って目を覚ますと、
8/18 夜1時くらい。左目が痛い・・・・・。
 マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。えっ??

続く・・

2015年8月24日 (月)

2015PBP 8/12-8/23 その1

2015PBP 8/12-8/23
行ってきました。PBP。
ついでに初のヨーロッパ。
いつもの自転車紀行とは違う意味でおもしろかったです。

8/12 新潟出発の間際まで仕事の調整に追われました。同僚に送ってもらって新潟駅へ。新幹線で東京。蒲田駅あたりで前泊。

8/13 10:30頃に空へ。飛行機では隣窓側の外人と大体同じにビールやらワインやら飲んでました。機中では全く眠くならず5本映画鑑賞。目が疲れたけど結構、感動しました。「スタンド バイ ミー」とか。やっぱり名画っていいですねー。11時間で到着。
現地は夕方5:30 バスで1時間、ホテルへ。英語が達者な神奈川のTさんと近くのサンドイッチ店でノーマルサイズを注文すると特大のサンドイッチと山盛りのポテト。そして就寝。同室の方は長岡市在住のUさんでした。

8/14 朝、ホテル前で適当に集まった6人とコース試走。
この時の体調というと膝以外は大丈夫でした。去年秋から膝の違和感がありましたが、今年に入ってから違和感が続きました。春にサドルがかなり後ろにズレてるのに気付きましたが、そのせいだったかもしれません。
整体師に足のバランスをみてもらい左右のバランス、力の踏み方を修正したのは別の意味でよかったです。右足は強かったので突っ張るような使い方で右側面が緊張気味。左足は弱いので逃げるように左に曲がって荷重、でした。整体師のアドバイスでペダリングを修正。歩き方も良くなりました。
肝心の左膝の調子悪さは軽く見ていましたが、PBP出発直前8月まで微妙な状態が続きましたので、PBPは膝を痛めない程度に適当に走ってDNFすることに決めました。新潟出発の際に同僚から「参加することに意義があるんじゃないんですかー?」(この方は私が完走できるとは全く思っていないのです。) と言われますます気持ちが軽くなりまして、今回は観光が目的となりました。
今朝の試走の感想は「左膝はやっぱり微妙」という感触でした。
帰りにPBPスタート地点のサンカンタンイーブリンの町のオープンカフェでランチ。

8/15 自転車のチェック時間は9:30
受付場所がわからず右往左往。受付終えても品物受け取りの長蛇の列。おまけに列が適当でいつまでたっても進まない。10:30頃ようやくジャージやら受け取りました。
ホテルに戻って後、私は同室のUさんとともにパリへ観光に出かけました。
サンカンタンイーブリンのバス路線で国鉄SNCFのサンカンタンイーブリン駅まで、そしてJAVEL駅に到着し、市内のバス路線、地下鉄でエッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院を回り、長蛇の人の列に驚きました。そして並ばずに帰りました。「そんなに長時間並んでまで見る気になれない」と正直、思います。まあ自分はまだ一度も見てないんだからそう思うのもどうかと思うんだけど。20150814no2p8150411




変わった体験といえば凱旋門の近くのオープンカフェでお茶してトイレ借りました。実は前日の朝、朝食で出てきたチーズの赤いのを食べたんですが直系4センチ程度の少し潰れて丸く柔らかい赤い色でした。半分に割ってみますと中は白い。赤いのは皮のようだ。赤いのも食べるのかなあ、あ、でも食べないかも、試しに赤いのも少し食べてみますと食べれるほど柔らかい。残った半分をよく見ると赤い皮の外に引っ張る紐が出ていて赤い皮を剥くようにできているみたい。隣の人を見ると赤い皮をきれいに剥いてある。なあんだ、ただの蝋でできた皮なのか。でも4分の1程度食べちゃったよ。
そんな昨日の食事のせいか、今日はお腹に違和感が・・・。と、歩いているうちに増々お腹が張ってきた。そんな次第で凱旋門の近くのオープンカフェに入りました。「トワレ?」と店員に言うとコインもどきを渡されてトイレドアにコインもどきを入れて入室して致しますとえらくスッキリできました。(これって、昨日の赤い蝋が全部出たってことかな??)
そんなんで以後は快調に以後のパリを散策しました。20150814p8160449

8/16 夜20時スタートですので昼、目をつぶって休んでいました。スーパーで買い出ししておいたパン、チーズで夕食を摂って18:30頃ホテルを出発。
スタート会場に入ろうとウロウロしてますと、「ここはSだ。おまえはTだからこっちだ、こっちだ」と言ってます。「Sの意味は何だ?」と聞きますと、「SのあとにTが出発するんだ」ですって。
集合場所ではどうやらT組は最終スタート組らしく、全体に前に詰める雰囲気もなくのんびりばらけてます。いい雰囲気です。はるか前方ではスタートやってる最中で盛り上がりを見学したりして時間を待ちます。時々私の自転車の自作の前カゴが面白いようで質問されました。「これはどうなってるの?自作?」「そうそう自作。フタが開くのよ。フタにタイムリミットも書けるしね。」写真も撮られました。次回はもっと目立つようにペイントでもしようか。
さて20時の10分ほど前になるとスタート場所まで移動。最初っからDNF予定ですので内心盛り上がりが少し程度あるだけで緊張感が全くない。
そんな感じで20時01分頃たいした遅れもなくスタートとなりました。

この続きは次回。

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