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2015年8月30日 (日)

2015PBP 8/12-8/23 その3

マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。(えっ??なんじゃそりゃ。)

・・・とその前に、
 220地点のVillaines-la-Juhelでは「ペンギン散歩」のお二人にお会いしました。体調不良でDNFだそうです。私と違って完走を目指していたんですから、(いやいや、私以外は最初っから完走を目指してるんです。それが普通。)さぞかし残念のことと思います。
 帰宅直行バスの今日の空きはないんですが、ちらほらDNFの方が増えてるのでワゴンタクシーなんかが手配できたら私も同乗して、私の直行バスの席に他の人に乗ってもらおうかな、なんてことも考えましたが、ワゴンタクシーは無いらしい。
 お二人は明日の午前中の直行バスで帰ることに決めましたので、私は当初予定どおり午後の直行バスで帰りました。

そうやって帰ってきたホテルのベッドの上で目の痛さで目が覚めた。
 旅行保険会社に電話するとタクシーでパリの病院へ行け、と言うのでホテルフロントでタクシーお願い、と言うと「今、タクシーは無いよ。」
スマホで翻訳して「結膜炎なんです。」 「そこに座ってなさい。来るから。」
なんか来ることになったらしい。
 到着してみたら救急車でした。日本のより大きい。宅急便配達車なみ。
 救急隊員「パリには行かないよ。ベルサイユの病院に行きます。オーケー?」 私「オーケー」
 電気イスみたいた椅子に座ってシートベルト。
 病院到着。救急隊員「私たちは帰るけど、いいですか?」 「はい。メルシー。」
 診察してくれたお医者さんは20代くらいの女医さん。アラブ系? 細かい質問だったので旅行保険の方をスマホでお願いして通訳してもらいました。
結局 「治療は無しよ。薬がでたらちゃんと点眼してね。」 美人でかわいい方でした。
細かい指示と処方薬の受け取りがわからなかったので再度、旅行保険の方を呼び出して通訳してもらいました。

終わってみれば午前4時。あとは帰るのみ。でもベルサイユなんだよね。・・帰りますか。目以外は故障してないもんね。ということでスマホのグーグル地図でナビしてもらって夜の道を歩きました。予測所要時間2時間。グーグルナビは最短を案内します。歩道のない道も案内します。距離は近いんだけどね。
夜のベルサイユ宮殿を見ました。人のいない石畳の街路は良かったです。

ホテルに着いても朝7時。薬局の開く9時まで辛抱しないといけません。
朝9時、近所の薬局に行きますと30前後の薬剤師の女性。一見、ベトナム出身? 「保険で支払う手続きをしますか?」 控えめでやさしい声と配慮がうれしかったです。あとで保険手続きで書類足りないなんてトラブルとなると迷惑になるので 「私が払います。あとで保険会社に請求します。」 「そうしますか? じゃそうしましょう。」 念のため、点眼薬を口にたらすマネをしたら、笑顔で(イエイエ チガイマスヨ。メニタラスンデスヨ) とのこと。なんだか胸のうちがじんわりします。
点眼薬をホテルで点眼してひと安心して寝ました。起きて点眼してパンを食べては寝ました。それを何度か繰り返すと翌日です。もう違和感があるだけまで回復しました。ホテルの方にも感謝、救急隊員にも、女医さんにも、薬剤師にも感謝です。
では、ということで今日8/19日から観光です。201508182_p8200542

8/19から8/22のフランス出国の日まで観光してました。日本で事前に2階建て観光パス2日間乗り放題バス券とパリ美術館見放題2日間券「パリミュージアムパス」を購入しておきましたが、途中でバス2日間券と美術館2日間券をもう一回買って美術館めぐりをしてました。セーヌ川遊覧クルーズにも乗りました。観光パス券は運転手に言えば買えますし、パリミュージアムパスはたいていの美術館で買えます。
土日は観光客でバスが混んでパスがなかなか進まないので観光パス利用は平日限定がいいようです。ピカソ美術館は土曜の午後は入場制限でした。でもほかは行列に並ぶこともなく、オルセイ、オランジュリィ、ピカソ、ポンピドー(パリ近代美術館)、モロー美術館を巡りました。だいたい2度は行きました。ルーブルは昼食とトイレに寄っただけで中には入りませんでした。現代人にわかりやすくおもしろいのは印象派前後の絵だと思います。古典(ルーブルとか)は見ても・・・んーーーー・・・という感じなので見なかったです。一番鑑賞する人密度が高かったのはゴッホでした。
エッフェル塔、ノートルダム寺院は何度か通過しただけ。やっぱり行列は長かったよ。20150818p8220612

窃盗らしき人には2度遭遇。オランジュリィ美術館を出たコンコルド広場で「ユニセフの署名お願いできませんか?」と少年。小学生のような女の子2人も署名用紙をもって囲んできます。いかにも何かを狙ってるような奇妙な組み合わせです。小走りで遠ざかりました。もう一回はエッフェル塔近く。「署名お願いできませんか?ジャポネ?」 と小学生のような女の子1人。ジャポネだからお願いするなら怪しいよねえ。私がウンザリとあきれた顔してたらうつむいて遠ざかって行きました。少し悲しかったな。少女も悲しかったかな。

ポンピドーの近くのアジア料理店(Le Mandarin de Rambuteau 中国、ベトナム、タイ料理らしい。)は格別おいしかったです。フランスで米を食べたのはここだけだった。

PBPで走った田舎にはフランス人以外は見なかったけど、パリや近郊には黒人、イスラム、インド、中国、ベトナムなど普通に住んでます。テレビで見ていた人種問題をじかに見てる感じ。それに単純労働者は有色人種が多かったと思います。観光地で自撮り棒やエッフェル塔ミニチュアを売り歩いてるのは黒人だけでした。

でもホテルの受付の男女の黒人はニッコリとして善良さが感じられました。
ホテルの近隣は高級住宅街ではなく5階?建て程度の集合住宅が多かった。いわゆる低所得者層の住む界隈。私はよく夕食材料を買いにその界隈のスーパーに行きました。
スーパーのレジに並ぶと、品物を置くところがベルトコンベアーになっていて、買い物カゴから取り出して品物をベルトコンベアーに並べます。カゴはレジ手前の床に置いておきます。次の人がならぶと前の人は境目を示す板、四角柱の金属棒に透明プラスチック板が差し込まれるようになっていて、それを客が手にとって自分の品物の後ろに置くと、次に並んだ人の品物との境目になるのです。
私は何回目かのレジでそうしたことを学習して、自分でプラスチック板を手にとって後ろの人の品物との境目に置こうとしたら、プラスチック板だけが持ち上がり下の金属棒が置いてある場所に残ってしまいました。
私は下の金属棒が抜け落ちたプラスチック板をほんの少し眺めていましたら、それを見ていた後ろのベール姿のイスラム女性が「プッ」と吹きして笑ったのです。私も「プッ」と笑ってしまいました。人種、信仰が異なっても笑えるポイントが同じなんだね、となにかが通じた感覚を持ちました。

というわけで、美術館巡りを楽しんだPBP旅行でした。

語学について。
「every day english」の入門シリーズCD6枚組を数カ月、時々聞いてました。通勤の自動車の中で聞き流し。ゆっくりなら英語を聞き取れるようになります。あちらの人たちの通常スピードの会話は部分がわかる程度。単純なお願いなら英語を話せるようになりますし、あちらの発音ができるようになります。ようするにあちらの発音で慣れることですね。聞き取りたいと思って聞くとわかるようになるし、通じると思って話すと通じると思います。語彙数を増やすといいです。私は乏しかったな。


店で頼むと大量に出てくるけど600円程度必要。スーパーで安く買ってバッグに入れとくと節約になります。
ホテルでポロシャツを何回か洗濯しましたが、フランスのお湯は石鹸をつけても泡立ちません。汗が抜ければいいということで洗ってました。

食事
スーパーでパン、チーズ、ハム、牛乳、トマトを買ってサンドイッチにして毎晩食べてました。外ではサンドイッチとコカが安めかな。運よくアジア系の料理店が見つけられればゴハンがあるので落ち着くでしょう。

ファッション
パリを歩いていて、人々が服をおしゃれに着ているな、と思ったことは日に何度もあったけど、「ファッションの流行」は全く感じなかった。思えば日本人は同族と同じかどうか、同族からはみ出ていないか、ということは気にするけど、自分らしさは二の次なんですね。同族と同じにして安心する人が多いので「流行」が生まれる。パリで思いました。もしかすると同族と同じであれば、自分らしさは考え無くてもいいんだろうな。最近はやたらと「絆」という単語があふれていますが、「絆」という単語が流行するのは日本ならでは、かもしれません。

2015年8月27日 (木)

2015PBP 8/12-8/23 その2

8/16 まだ明るいけど20時01分頃たいした遅れもなくスタート。
 サンカンタンイーブリン市内を右に左に曲がりながら次第に郊外に向かいます。ペースは時速25キロ~35キロ。ゆるーい列車になりながら、適当にばらけてるのは最終スタート組ならではだと思います。20150816p8170468

 ゆるーい下り、ゆるーい登りを通過しながら一面、畑の広がる郊外へ。これくらいの勾配なら楽だなー。なんて思いました。
 23時頃、開いていたバーでサンドイッチを補給、トイレも。
 全く日本人とは並走せず、もっぱら英語圏の方々と一緒。国旗がはためいていたオーストラリアの方との並走が多かったかな。
 次第に坂ばっかりなのでウンザリしてきました、という頃、8/17 5時頃140キロ地点の補給ポイントに到着。左膝は疲れが出ているみたい。とりあえずスパゲッティ補給を食べて膝に消炎鎮痛剤を塗って2時間くらい就寝。

 起きてみたらほとんど誰もいなかった。どうやらDNFらしい中国語圏のアベック1組、かなり遅れて食事していてDNFらしきアジア人1人がいらっしゃる程度。裏返しにして乾かしたレスキュー袋をたたんでいると「日本人の方ですか?」と話しかける方。関東にお住まいのTTさんとのことです。いままで2回PBPを完走したが、昨年、大腿骨を骨折して金属プレートを入れていて、痛くてDNFするらしい。20150816p8170472

 そういえば自転車で骨折の経験の方は多いです。昨日、おとといも背骨骨折2人、鎖骨骨折1人など狭い範囲で骨折経験の方ばっかり。
 しばらくお話しましたが、私は、明るくなったしもう少し走ってみようかな、ということで辞して8時過ぎ出発しました。

 明るくなってみると道はゆるーいアップダウンを繰り返すのみ。パリ近郊よりは斜度がきついかな。スピードが落ちたら補給食を食べてスピードアップ、を繰り返しました。延々とこの繰り返しだから補給食は想定より多く携帯しないとマズイみたい。
 充分に景色と坂を堪能して12時頃 220キロ地点の最初のチェックポイントに到着。DNFですけど記念にスタンプを押してもらいました。140キロ地点を3時間遅れで出発しましたが、ここで1:20遅れなので1:40短縮できました。のんびりペースでこの短縮が可能だったのでコースのきつさ程度がわかります。1200キロ続くので楽ではないんですけどね。
 さてスタンプ押してくれたスタッフにDNFと伝えると反対側のブースに導かれました。どうやらDNFした者を運搬するサンカンタンイーブリン行の直行バスがあるけど8人定員満杯らしい。「もう一人どうにかなりませんか? 乗りたいんです。」と伝えると何分かやりとりしてくれた後、「乗れることになったよ。」とボランティアスタッフのおばさんがニッコリ。同乗の方々はインドからの参加者。数名いました。
 もともと私は、ここから30キロ程度離れたTGV路線のどっかの駅まで自走で走り鉄道で帰るつもりだったので、直行便バスを確保できて一安心しました。20150817p8170508
 そうそう、膝の調子はというと、400キロ程度までは無難に走れるけど1200キロ走ったら故障するだろうな、・・と感じました。フランスの田舎の景色も堪能したし帰ることに決めました。

・・・と、それよりも、目の調子が悪くなってきた。左目は140キロ地点で少々ゴロゴロしていたが、このPCではかなり白目が赤くなりゴロゴロしてきた。まずい。渡仏前に懸念はしてましたが、やはり1200キロ走れる状態ではないようです。DNFで正解でした。

 さて昼食です。昼食会場でスパゲティ注文、ビールも注文しました。すると小学生くらいの女の子二人がトレイを運ぶ絵を示してニッコリします。(運んでくれるっていうことかな?) 運んでもらいました。二人はニコニコして時々振り返っては笑ってます。スープがこぼれたりしますけど彼女らは笑顔、笑顔。テーブルに到着して、ありがとう。メルシー。思わずチップあげました。喜んでましたよ。楽しく昼食食べました。ビールおかわりしました。お腹いっぱい。

 さてインドの方々とバスに乗りこんでサンカンタンイーブリンに出発。運転手は地元のおばさんらしいかなり太めの彼女。運転席に自らの体を押しこむように乗りこんでました。バス料金は90ユーロ。インド人は「高いよ!」と言ってました。インドの水準からすると高いんでしょうね。90ユーロと聞いて自走で引き返してるインドの方もいるらしい。 (あとで聞いたところによると、900キロ走ってDNFした人の乗った直行バスの費用30ユーロだったそうです。つまり300キロで30ユーロ。そりゃ安い!!! 東京-新潟間が4000円ですからねえ。) ボランティアスタッフが運転手のようですので感謝しましょう。日本の220キロで言うと新潟市から高崎市まで行くようなもんです。大変ですよ。運転好きじゃなければイヤでしょう。ボランティアの彼女がサンカンタン近郊で道を間違えたのは無理もありません。田舎の人なんでしょうから。もう一回間違えそうになりましたけど。でも彼女はいい人です。笑顔で「また会いましょう。」って言って握手を求めてきましたので、もちろん私も「4年後、また会いましょう!」って握手。言ったからには4年後、走らないとね。・・・・えーまた走るのか・・・・。ハッハッハッ!
 で、ホテルまで10分くらいで自走してベッドの上で意識を失って目を覚ますと、
8/18 夜1時くらい。左目が痛い・・・・・。
 マズイ・・かなり痛い・・。今まで寝てたのに寝れないくらい痛い。えっ??

続く・・

2015年8月24日 (月)

2015PBP 8/12-8/23 その1

2015PBP 8/12-8/23
行ってきました。PBP。
ついでに初のヨーロッパ。
いつもの自転車紀行とは違う意味でおもしろかったです。

8/12 新潟出発の間際まで仕事の調整に追われました。同僚に送ってもらって新潟駅へ。新幹線で東京。蒲田駅あたりで前泊。

8/13 10:30頃に空へ。飛行機では隣窓側の外人と大体同じにビールやらワインやら飲んでました。機中では全く眠くならず5本映画鑑賞。目が疲れたけど結構、感動しました。「スタンド バイ ミー」とか。やっぱり名画っていいですねー。11時間で到着。
現地は夕方5:30 バスで1時間、ホテルへ。英語が達者な神奈川のTさんと近くのサンドイッチ店でノーマルサイズを注文すると特大のサンドイッチと山盛りのポテト。そして就寝。同室の方は長岡市在住のUさんでした。

8/14 朝、ホテル前で適当に集まった6人とコース試走。
この時の体調というと膝以外は大丈夫でした。去年秋から膝の違和感がありましたが、今年に入ってから違和感が続きました。春にサドルがかなり後ろにズレてるのに気付きましたが、そのせいだったかもしれません。
整体師に足のバランスをみてもらい左右のバランス、力の踏み方を修正したのは別の意味でよかったです。右足は強かったので突っ張るような使い方で右側面が緊張気味。左足は弱いので逃げるように左に曲がって荷重、でした。整体師のアドバイスでペダリングを修正。歩き方も良くなりました。
肝心の左膝の調子悪さは軽く見ていましたが、PBP出発直前8月まで微妙な状態が続きましたので、PBPは膝を痛めない程度に適当に走ってDNFすることに決めました。新潟出発の際に同僚から「参加することに意義があるんじゃないんですかー?」(この方は私が完走できるとは全く思っていないのです。) と言われますます気持ちが軽くなりまして、今回は観光が目的となりました。
今朝の試走の感想は「左膝はやっぱり微妙」という感触でした。
帰りにPBPスタート地点のサンカンタンイーブリンの町のオープンカフェでランチ。

8/15 自転車のチェック時間は9:30
受付場所がわからず右往左往。受付終えても品物受け取りの長蛇の列。おまけに列が適当でいつまでたっても進まない。10:30頃ようやくジャージやら受け取りました。
ホテルに戻って後、私は同室のUさんとともにパリへ観光に出かけました。
サンカンタンイーブリンのバス路線で国鉄SNCFのサンカンタンイーブリン駅まで、そしてJAVEL駅に到着し、市内のバス路線、地下鉄でエッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院を回り、長蛇の人の列に驚きました。そして並ばずに帰りました。「そんなに長時間並んでまで見る気になれない」と正直、思います。まあ自分はまだ一度も見てないんだからそう思うのもどうかと思うんだけど。20150814no2p8150411




変わった体験といえば凱旋門の近くのオープンカフェでお茶してトイレ借りました。実は前日の朝、朝食で出てきたチーズの赤いのを食べたんですが直系4センチ程度の少し潰れて丸く柔らかい赤い色でした。半分に割ってみますと中は白い。赤いのは皮のようだ。赤いのも食べるのかなあ、あ、でも食べないかも、試しに赤いのも少し食べてみますと食べれるほど柔らかい。残った半分をよく見ると赤い皮の外に引っ張る紐が出ていて赤い皮を剥くようにできているみたい。隣の人を見ると赤い皮をきれいに剥いてある。なあんだ、ただの蝋でできた皮なのか。でも4分の1程度食べちゃったよ。
そんな昨日の食事のせいか、今日はお腹に違和感が・・・。と、歩いているうちに増々お腹が張ってきた。そんな次第で凱旋門の近くのオープンカフェに入りました。「トワレ?」と店員に言うとコインもどきを渡されてトイレドアにコインもどきを入れて入室して致しますとえらくスッキリできました。(これって、昨日の赤い蝋が全部出たってことかな??)
そんなんで以後は快調に以後のパリを散策しました。20150814p8160449

8/16 夜20時スタートですので昼、目をつぶって休んでいました。スーパーで買い出ししておいたパン、チーズで夕食を摂って18:30頃ホテルを出発。
スタート会場に入ろうとウロウロしてますと、「ここはSだ。おまえはTだからこっちだ、こっちだ」と言ってます。「Sの意味は何だ?」と聞きますと、「SのあとにTが出発するんだ」ですって。
集合場所ではどうやらT組は最終スタート組らしく、全体に前に詰める雰囲気もなくのんびりばらけてます。いい雰囲気です。はるか前方ではスタートやってる最中で盛り上がりを見学したりして時間を待ちます。時々私の自転車の自作の前カゴが面白いようで質問されました。「これはどうなってるの?自作?」「そうそう自作。フタが開くのよ。フタにタイムリミットも書けるしね。」写真も撮られました。次回はもっと目立つようにペイントでもしようか。
さて20時の10分ほど前になるとスタート場所まで移動。最初っからDNF予定ですので内心盛り上がりが少し程度あるだけで緊張感が全くない。
そんな感じで20時01分頃たいした遅れもなくスタートとなりました。

この続きは次回。

2015年7月28日 (火)

最近のトラブル

・・なんていう題があると、私なんかすぐ食いついちゃいます。
で、順調にクリアしました。しかも余裕でした、なんていう記事だと、読み飛ばしてもう次の記事も読む気がなくなって再訪することもない・・ということが多いんです。
で、タイトルどおり最近もいろいろトラブルがあるのが常なんですが。

●膝痛です。
去年の広島1000では900キロあたりで左膝痛が出てました。今年近畿では400キロを走った翌日の600キロの500キロあたりで、つまり前日から通算で900キロあたりで左膝痛が出てました。
で、6月中旬に裏磐梯1周290キロをしたら裏磐梯から降りた若松あたりで膝痛が・・・。
どうも気になる・・。と気にしていたら違和感が増々。
サドルの位置を確認したら後ろにズレていたことが判明したり、整体に行ってみたら左右の骨盤の位置がズレてますということで。気持ちは良かったんだけど。
骨盤やら背骨やらズレを修正してもらって翌日走ったら50キロをいつもは2時間10分程度のところ2時間1分で走れたり・・・。整体さんが「パワーがアップしますよ。」とおっしゃったとおりでした。その反面、疲れが一段と少なかったなあ。感心感心。これはいい試みでした。
これは朗報ですが、膝痛が再発するのかどうか気になるので現段階では完走できるかどうかという点は・・・いやいやその前の段階ですね。20150704_2

そんな感じで今は長期休養中。

●目をやりました。
サドルバッグに取り付けるお手製のプラスチック製の泥除けをいじっていたら、クルッと回転して左目をカスッたんです。
直後、かなり目にゴロゴロの違和感を感じて医者に行く途中でだんだんと涙があふれはじめ、診察がおわったらヒドイ違和感。夜は痛みで2時間おきに目が覚めました。頭痛もして歯痛もして目痛もしてそんな状態でよく断片的にでも眠れたなあと驚き。それくらい痛かったよ。
翌日はやっぱり左目が痛いんだけども他にすることもないから涙を溢れさせながらホイールのスポーク調整をしてました。
5日経過くらいで違和感もほぼ消え全快したと思う。
医者に膜の厚さはどれくらい? と聞いたら「1ミリ」 いやあ、危なかった。
これを会社の人に話すと、人によっては目をつぶって耳を覆って身をかがめる人もいて、私は怪我した当人ですけど
(あなたのそんな仕草を見てるほうが危なかった程度を身にひしひしと感じるわー)
と思いました。

●いろいろフランス向けに買ってお金が・・20150704_3

今日、カードの請求書で判明したんですが、今月の自転車用品のショッピング額合計が12万円だそうで・・・。用品を買っても気分は高まるけど走力には関係ないし、まだフランスにはたどり着いてないんですけど。

●お手製自転車部品

目をやった関係で、縁起が悪いから「サドルバッグに取り付けるお手製プラスチック製泥除け」は廃棄となりました。代わりにシートポストに取り付ける既成の泥除けを改悪?して後ろに後輪の跳ねを遮る板を取り付けました。これが後輪泥除け。
前輪はダウンチューブのほうに10センチ幅のプラスチック板を取り付けて前輪用泥除けの完成。フランスのナメクジ除けとしては充分かな。
相変わらず前カゴは骨壺のように見えるカゴを取り付けます。色は白の半透明に変更。前の白不透明で作ったカゴはホントに骨壺に見えたなあ。

2015年6月15日 (月)

筋力がなく若くもない人がブルベを走るために

・・というのは自分に向けてのことなんですけどね。20150615396

[体調]
●コンビニ食
長距離ブルベで最も大切なのは体調だと思います。
その点、コンビニ食は安さ第一で作られているため健康には良くないでしょう。
コンビニのパンにはマーガリンとかショートニングが大量に使われています。「もちもち」 「さくさく」のパンとかいう売りですけど、要はマーガリンが入ってますよ、ということです。そして手で握って空気を抜いてみますとものすごく小さくなってしまいます。つまり膨らんでいるというだけで中身の栄養分は極小ということです。
スパゲッティは変な油や化学調味料が大量に使われてます。カップラーメンもそうです。
近頃では野菜も売られてますが、変色を抑える薬剤に浸されてますので変な味、香りがします。
オニギリも例外ではありません。
しかし、時間がないので仕方なく食べます。
私がコンビニで食べるのは、オニギリ、カレー(ルーは少しだけ食べて大部分残す。)、たまに弁当。ジャムパン、スイートポテトパン、鳥唐揚げ、コロッケ、コーヒー、水、ポカリスエット、まるごとのトマト、プチトマト、梨、パワーバーのような朝食代わりとして売ってるお菓子。

●できるだけファミレス、回転寿司などで外食する
コンビニ食はよくないので時間があればそれ以外の外食がいいですね。ラーメンは消化がよくないようです。私は中に入ってるカンスイがダメなので絶対食べません。(何回か食べたことがありました、・・・たまに大盛りも・・・。食べた時はおいしいんですが・・・)

●胃腸薬はビオフェルミン 強力な胃腸薬ではありませんので、それがかえっていいと思います。

●お尻用にドルマイシン軟膏 
体に痛みがあると気力が削がれます。お尻通は最大のものですね。
私はたいてい、お尻の皮膚の中に痛いオデキが発生してきますのでその対策です。抗生剤入りです。塗っておくと自転車に乗っているうちに快方します。

●ハンドルとサドル 
筋力のない人の場合、ハンドルとサドルの距離が遠すぎると背筋と腕力で上体を支えられずお尻と手で突っ張って支えようとします。するとお尻や腕の面圧が高くなって肘関節が痛んだり、お尻に前後方向の揺れが加わるためお尻の皮膚が痛みやすくなります。
確かに背中のラインが水平に近いとかっこいいんですが、筋力のない人は無理しないことです。
ちなみに私のハンドルのステム長は5.5センチで、ハンドルとサドルは水平で落差がありません。(シティサイクルかよ!) そのため直立ぎみのポジション(いやいや、直立してますって!)となるので首を上げる動作をしなくても前方が見えます。そのかわり風抵抗が増します。

[気力]
●楽しみを見つけて走る
体力がない者でも「楽しい」があれば長続きし易くなります。ですから、いつでも楽しさ、感動、驚きを探して走るのがいいと思います。
苦しみが続くとろくなことを考えませんし、注意力、発想力、筋力、そして体調が低下します。
私は観光としてブルベを走り始めましたので、楽しみの要素がないと走る意味を感じません。ですから私は苦しい時は、自然と速度が低下してしまいます。がんばれません。完走できるかどうか考えつつ、景色を楽しんだりします。泡の浮いたビールを思い浮かべてそのままDNFしたこともありました。

[体力温存]
●登坂の登り方 
体力温存は大事です。体力に溢れていれば多少無駄遣いしてもいいんですけどね。若くないとか、もともと体育会系ではないとかだと効率的な使い方が必要です。
長時間走るためには、筋肉の最大負荷をできるだけ低くし、その発生回数も低く抑えることです。すると終盤でも元気が残っていると思います。そのため、登坂では、これ以上の負荷は上げないというリミットを設定し、そのリミットを越えそうになったらすぐ押し歩きにするのがいいです。
その代わりですけど、下りに入ったら平地を進行するのと変わらない強度でペダルを踏み続けましょう。下りでペダルを踏まずに空走するだけでは登りで押し歩きで楽をして時間を費やした分を取り返せません。(正確には、幾分は取り戻せますけど、完全には追い付きませんけどね。)
ただ、この走法は「休めない」ということです。
登坂で押し歩きも疲れた、という時は蛇行して登ると楽です。「それで走ったと言えるのか!」というツッコミがあると思います。私は「観光」が大事なのでとりあえず歩いたり蛇行したりして先に進みます。

[走法]
●停車しないで走り続ける 
時速25キロで距離25キロを走ると1時間必要です。で、距離25キロを時速23キロで走ると1時間と5分かかります。ですから時速23キロで走り続けると、時速25キロで走って時々5分休憩している者に追い付くことになります。どっちが楽かというと人によりますが、私は時速23キロで走って休憩しないほうが疲れません。

[機材]
●ライト
18650という規格の電池を使ったLEDライトは明るいですね。低の明るさでは30時間前後、中度の明るさでは8時間程度もちます。特徴としては、私の使ってる「Fenix PD35」では中度の明るさでは電力が低下するまで明るさ中度を維持することです。その後は低度の明るさとなり階段状に照度が低下します。8時間の中では明るさは低下しません。一つを低、一つを中度の明るさにしておくと充分以上の明るさです。峠を下るときに飛ばせます。この時、もう一つも中度の明るさに切り替えれば劇明るくなります。

●自転車のメンテナンス
年に一度のメンテナンス -ハブ、ペダルのベアリング
年に一度の交換 -BB、ブレーキワイヤー、シフトワイヤー、ディレーラーのプーリー
いつも調整 -ホイールの回転バランス
タイヤの選定 -あまりレーシングだとパンクし易い。

●ディレーラーの調整ができるようにしておく。
砂の多い道を走ると変速が不調になります。自転車を運搬したり、自転車を倒したりするとディレーラーハンガーを曲げたりボルトを折ったりします。この時、自分で対処できないと最悪DNFです。

●GPS
特に道を間違えた時、位置関係がよくわかります。私はGPSを使っていても道を間違えますが。

2015年5月10日 (日)

近畿BRM502 BRM503 BRM505 に参加しました。福井から大阪ゴール

5/5は600キロ。集合は福井市の早朝4:00。
で、私の目覚めは早朝3:00 調子は悪くなさそうなので今日も走ることにしました。

このコースの紹介文は
「ひたすら400kmに渡って海岸を走り続けますが、その道も平坦路から細かな溺れ谷へと連なり やがてランドヌールを切り裂く鈍い刃へと変わるでしょう。
越前、若狭、丹波、但馬と日本海の海岸を進み鳥取砂丘を越えて南下を開始 戸倉峠を越えて播磨から摂津 三田、猪名川を経て枚方へ。近畿地方の北部・西部を探訪します。
陽は沈み、その赤も色を失ったとき、未だ折れぬ心を保ちうるか否かが問われます。」

ちょっと「おどろおどろしい」内容ですね。
京都府の丹後半島から城崎温泉を経由して兵庫県、それから鳥取砂丘までの海岸地帯の道150キロは、私も去年春、下関から魚津まで1000キロ走る際に北上して通過しましたが、峠の連続できついと思います。

昨日もそうでしたが、今日もMichael Jackson の Heal the world のメロディー気分です。走行中によくメロディーが流れてきました。耳のあたりにね。空耳ですけど。

出発して、しばらく。早朝に福井県の爽やかな越前海岸を走ってますと(20-80キロ地点)、ああ、ここが去年ベンチで仮眠したところだね、ここは電池を自宅に送った郵便局、昼食を食べた食堂、少し痛んだ足を乾かした堤防、・・・などなどいろいろ思い出されます。懐かしかったです。

10時頃 三方五湖(120キロあたり)は穏やかな水面の湖でした。気温は10度台。日が照っていれば暖かいけど日陰は寒いかな・・という程度。ウェアは半そでジャージ、夏用腕カバー、冬用足カバー、短パンに長袖ウィンドブレーカー。2015050594

舞鶴(183キロあたり)では軍艦を見ました。

16時頃 天橋立(217キロ地点)は通行できるんですねえ。人がたくさん、自転車もたくさん、バイクも走ってました。

16:41-PC3 (231キロ地点)
丹後半島のPC3を過ぎますといよいよ本格的な海岸線のアップダウンに入ります。PC3を出発してみると空気が冷たくなってきましたのですぐにPCに戻って大きめのレジ袋を買いました。お腹にいれて耐寒を保つためです。なかなか暖かくなりました。新聞紙が売ってなかったのでレジ袋にしたのですが、それも良かったようです。新聞紙だと汗で濡れると駄目だと思います。この600はアップダウンが厳しいので天候晴れという予報もあり軽量化のためカッパ類を自宅返送しましたが、これからの寒さに不安になってきました。2015050510

いくつもの峠を越えました。高度は50mからせいぜい150mですが押し歩きも混ぜながらこなします。

途中、岬が連なる夕焼の景色や水面に映る月に見とれました。走る元気が湧いてきました。おかげで2回道を間違えました。

21:39-PC4 (308キロ地点)
城崎温泉のPC4ファミリーマートには下駄を履いた浴衣姿の若い男女が大量に溢れていました。私のほかブルベライダーも何人かいましたが、ブルベライダーの過酷な出で立ちと比べて寒暖のギャップを感じました。寒い中ここまで走ってきてこの地がなお一層冷え込んでもいましたので精神的にめげた方もいたと思います。
私はここで防寒のためポンチョを買い上に重ね着しました。かなり効果がありました。背中ポケットに入れておいた夏用足カバーを重ね履きしました。

5/6-0:59 峠を下ったとき、餘部(あまるべ)の道の駅(342キロ地点)が左手に見えたのでトイレ休憩し、私は急いで出発し右に出ました。そして道を登り峠を越えて下り走りました。すると対向車線をブルベライダーが進んできました。(1:29) 相手も停車したので、道を逆走するのはよくあるんだよね、と思いながら話をすると変です。夜警のおまわりさんもやってきました。相手が「餘部はどっちでしょうか。」 おまわりさんは「あっちですね。」と私の進んできた方角を指します。そして背後をもう一人のブルベライダーがその方角に走って行きました。なんと逆行していたのは私でした。私は事態をしばらく飲み込めないままみんなに従って戻りました。気持ちがしぼんでしまったのはいうまでもありません。とりあえず進みましょう。峠一つを2回無駄に越えることになりますが。

その後、寒さが酷くなってきて防寒していない手が冷たさで耐えがたくなってきたので、コンビニでカッパのズボンを買い、携帯していたカッターで足部分を切断して筒を2本造り手にかぶせて手カバーとしました。効果抜群でした。

5/6-4:44 (382キロ地点) 明け方5時前、鳥取砂丘の時計台に到着。建物脇のベンチで横になって休んでいた方がいました。スタッフの連絡先を尋ねてきたので、ブルベカードに書いてあるよ、と返答しました。彼はここまで何度も吐いて体力的にもう進めない、とのことでした。私よりかなり背が大きくガッシリした体型の方でしたが残念ですね。レスキューシートは持参していないようで、明け方の外のベンチではかなり寒いだろうと思います。

鳥取市ではホテルで仮眠する予定でしたがその時間はなくなりました。やっぱりそうですね、私の脚力では。 あとでGPSデータで天橋立からここまでの標高50m以上の峠を数えますと24個程度はありました。

5:08 鳥取市を出るあたりのコンビニでレスキューシートにくるまって30分仮眠することにしました。レスキューシートは袋状になってます。コンビニ駐車場はずれの乾いたあたりで、下になにも敷かずレスキューシートに足を入れ耳栓をして頭までくるまって手を内側に入れますと、驚いたことに覆った瞬間から暖かさを感じるではありませんか。10秒もしないうちにポカポカ。ホッカイロは全く必要ありません。思わず心から「アッタカイ・・・」とつぶやいてしまいいました。瞬間、眠り落ちました。20分して目が覚めました。
そしてサッパリして高度730mの峠に出発しました。

峠の前では当然ですが押し歩きしました。1時間程度歩いたかな。頂上のトンネルを抜けると期待していた下りです。ところが向かい風で思ったほどスピードがのりません。焦ります。

結局、麓のPC6 (480キロ地点) ではリミット30分前に到着しました。11:31 あまりゆとりはありませんので、手早く胃腸薬を飲んだりおシリに軟膏を塗ったりトイレに行ったり補給したりするとすでにリミット時間を6分経過しています。
次のPCまで距離53キロを時速15キロで走るロードバイクマンと競争となります。既に私は6分経過してますので急ぎましょう。

何度か「もう400は完走したし、600は次の機会もあるからダメでもいいかな。」とも思いましたが、「いやいや、再度この苦しみを味わうのはイヤだ!」と思いなおします。
アレ? ブルベって苦しいんだっけ? 
もともと私は観光としてブルベを走り始めましたから苦しさを追及することには意味を感じないのです。楽しさあってのブルベなんです。
走りながらブルベの意味を考えてもホテルに着く時間が早くなるわけでもないので考えるのはやめましょう。

時々向かい風になりますがなんとか平均時速20キロを維持できるように少し踏みます。さきほどのPCでは消炎・鎮痛ジェルを手足に塗りこんでおきました。貧脚ですので薬でも塗って頑張ってもらわないと間に合いません。

最後のPC7 (533キロ地点) にはリミット30分程度前に到着しました。15:05 暑かったです。ここから最終ゴールまで71.3キロ。これから信号が多くなるので時速20キロ以上を維持できても安心できません。少しの仮眠の必要を感じました。仮眠せずにこのまま走るという方法もありますが、居眠り運転の危険があるし、眠くて足に力が入らないでしょう。眠くなってくると視界が一瞬ブレることが起こります。そろそろ危険というシグナルです。
ただこのPCには唯一の日陰にオートバイの一団がいらっしゃったのでここでは無理です。仮眠場所を求めて走りだしました。

次第に眠気と筋肉の無力感が増してきます。小さな丘を越える時、右手に歩道橋が見えました。あの陰ならいいかもしれない。16:08 タイマーをセットして目のうえに足カバーをかぶせ耳栓をして横になりました。
最初は太陽の光で暑かったけど、しばらくするとフンワリと感じます。そして体の左側で風が動きました。なんだか自然に包まれているような感覚です。私に自然のエネルギーを思い出させてくれました。この風とともに楽しく走れそうです。
走りだす時がきました。
私は起き上がりペダルを踏みしめて加速しました。ゴールはもうすぐそこですね。

風を感じながらワインディングを下り信号を越え道を急ぎました。気温は涼しい程度まで低下してきています。爽やかです。

ゴール枚方到着 (604.3キロ) は19:30頃。自転車から降りて足で立つとなんだかゆらゆらします。心地よい疲れでした。201505033

近畿BRM502 BRM503 BRM505 に参加しました。大阪から松坂経由、福井まで

BRM502 近畿300km 枚方
BRM503 近畿400km 松阪
BRM505 近畿600km 福井
に参加しました。
といっても502は途中でショートカットして早めに休憩しましたけど。

早割の航空券で大阪伊丹にいってAPホテルで仮眠。(アパホテルかと思ってましたけど全く関係ないそうです。)

●5/2 300キロは夜0:00出発です。たぶん途中でショートカットかなあと考えてそのルートもGPSに入れておきましたが、やっぱりショートカットしました。
今年は走り始めだし次の400キロ、600キロのために体力温存です。まあ、JRだとお金がかかるので自走移動して費用節約するためもありますが。走行距離は160キロ。

東吉野村のあたりでは動物がたくさんいました。おしりの白い鹿の群れが道路を横断していくのにびっくりしました。登って行った斜面を見ると人間ではずり落ちそうな急斜面でした。20150503_15



早朝の薄暗いうちに広い谷のあちらこちらからいろんなさえずり声が聞こえました。にぎやかなほどに。

奈良県から三重県に峠を越えると夜が明け暖かくなり私の視界もブレ始めました。眠気のためです。道の駅のような施設のベンチの上で30分程度横になり、のんびりと松阪市に到着しました。

●5/3 400キロ。集合は松阪市 午後2:00、これもまたいつもより遅いね。
「三重から北上し岐阜、富山、石川、福井と霊峰白山を中心とした近畿地方東部・北部外縁部が舞台」
というコース設定でした。

出発してから名古屋市の西、長良川の堤防上を北上してるときは追い風があってとっても楽ちんでした。新潟で走ってるときは25キロは堤防上を走るので慣れてまして退屈はしません。人によっては退屈のようです。2015050242

ひるがの高原にむかって登ってますと後ろから追い付く人がいます。下りでペダルを踏んで逃げると登りで追い付いてきます。2、3度繰り返した頃、話しかけてみますと、なんと北海道でいっしょだったhigさんでした。今回は小径車で参加ということで体力強化のための取り組みだと推測しました。

岐阜県のひるがの高原は峠でして分水嶺がありました。

白川郷はよく手入れされた合掌造り集落がありました。維持にお金がかかりそうですね。20150505_62

五箇山を登るときにはあまりの急勾配に押し歩きしました。あとでスタッフから「歩いてよく間に合いますね。」と感心されました。いやいや、自慢するほどではないですけどねえ。ちなみに私以外に歩く人はいないと思います。

金沢大学あたりではきれいな大学生のお姉さんが歩いていらしてました。
兼六園も通過しましたけど、以前、兼六園のお茶屋で日本酒を飲んでのんびりしたことがありました。

そんな感じで走ってきましたが、通常の400キロなら早朝出発で仮眠の必要はないんですが、今回は午後2:00出発ということで時間帯が悪いですね。眠くなってきました。市役所支所建物が閑散としていたのでその軒下を借りて仮眠します。
スマホをタイマーにして振動モードにして30分セット。たちまちフンワリして20分程度経過。タイマーの前に起床しました。まあまあ、スッキリ。

さて、それから最後の峠に向けて出発しますと手取キャニオンサイクリングロードが南西の向かい風で苦しみます。時間が押せ押せで焦って走ります。

山道のトンネル地帯に入りますとGPSにルートが表示されてません。つまりどこかでコースを間違えたということです。せっかく急勾配を押し歩きしてきたのに! 残念。時間を20分無駄にしました。焦って引き返して正式ルートに復帰するとやっぱり急勾配。さきほど費やしたエネルギーがもったいなかったよ。

やっとのことで、あー、つまり高度700mの峠前では押し歩きしましたが、峠を越えますと距離40キロのダウンヒルです。ここで時間を取り戻さないといけません。このあたり積雪のある地帯のようで路面は荒れてます。つまりところどころ穴がありますので右に左に回避しながらペダルを踏みつつ速度を保ちます。しょっちゅうタイヤが跳ねるほどなのに自転車って壊れないですねーー! 
あ、この自転車のホイール、自分で組んだんですよ。一つの車輪にスポーク32本。丈夫だろうなあと思います。組んだのは自分ですけどねえ。

そんなこんなで福井県の勝山に到着。ひと安心。ここから自転車をそのまま乗せることのできる「えちぜん鉄道」で福井市に向かいました。スタッフが待ってました。

さて振り返ると、苦しんだ400キロでした。最大の苦しみは「眠い」ことでしたね。早朝出発とは違いますね。

明日はどうしようか。明日目が覚めてから参加するかどうか連絡します、とスタッフに説明したうえで私は退散しました。

2015年4月28日 (火)

PBP2015にPreregistration???しました。

最初はオダックス・ジャパンのホームページのPBP2015のリンクからACPにいったら、Preregistration Under construction
なんて出るもんだから、「はあ、あちらは日本と違ってアバウトなのね。」と思っていましたけど、ネットで検索すると「もうPreregistrationしたよ」という記事も出て、あれーどうなってるの? と右往左往してみると、

2015.P.B.P. への道(その30)(9)

で教えてもらいました。

そして、ACPのHPで、
REGISTRATION ⇒ How to register? 
と行くと、How to register ? と出ます。20150427acp

あれー? register now の赤いボタンはあっても preregister  のボタンが無いよー!! と思いつつまた右往左往しつつ、なんかの拍子にregister now のボタンにカーソルが行くと
preregister now の青いボタンが現れる、ということになってたんですね。

で、ボタン押して入りますと、Preregistration の画面

Homologation number:

去年認定受けたBrevet Nを入力(なんのことやらしばらく悩みましたけどね。去年おくられてきた広島1000のカードを探しましたよ。)、

Current federation:

non frenchを選択(これも悩みました。おそらくフランス以外と選択かなーーー??なんてね。)

で次の画面になると、詳細な入力画面になります。
ここで昨年の広島1000の記録も自動で表示されたんですが、名と姓が逆??となってました ( と思う。確かに・・・ ) 変だなあ、とおもいつつ、コピペでエントリーの氏と名を正しく入力すると ( これが悪かったかなあ、手入力すれば良かった。 ) 、・・・なんと、エントリー確認画面ではエントリーの氏名が逆になってしまいました。
ほかの欄は訂正できるんだけど、エントリー氏名は訂正できないですねー。
まあしょうがない、カネ払えばいいんじゃないか、というノリでpayしますと、なんと!!!!!!

Statut of your entry: Not Validated
承認しないよ、との回答です。

しょうがない続きで、最初から正しい名前で再度エントリーしました。
そして期待を込めて、payしますと、なんと!!!!!!

Statut of your entry: Not Validated
「これもダメ」 との回答です。

ここで夜10:00
風呂に入りました。明日にしようかな?
でもフランスは日本の9時間遅れの日中のはず。お願いのメールでも出せばすぐ処理してくれるかもね、ということで夜11時からお願い文の作成。途中、メールを使ってないパソコンにメールの設定などもあって汗々アセアセ。

ACPのHPで、

CONTACT ⇒ General information : contact@paris-brest-paris.org
アドレスあてお願いのメールを送信しました。

こんな感じ
<間違った名前でエントリーしちゃいました。あなた、私の間違いに対応してくれませんか?
つまり、正しい名前のエントリーを[Preregistration Validated]にしちゃってください。ついでに間違った名前のエントリーをキャンセルしてね。この時のお金は残念だけどあきらめてもいいけど。>
で、寝ました。

朝、メールチェックすると明け方4:30に
「正しい名前のエントリーはValidated。間違った名前のエントリーは失われました。」
とのメールが到着してました。私がお願いした4時間後には対応してくれてました。
やっと安心して連休中のSRをがんばれます。
走ってる最中にACPからのメールがきて更に対応してくれ、なんてこと言われたらどうしようかと思ってましたけど、迅速な対応してくれて感謝でした。フランス大好き!! 4000円が消えたけどね・・・。

お礼のメールも出しました。
<あなたのお助けに感謝です。夜落ち着かなかったけど、おかげで今朝は気分いいよ。連休に600キロ走るのさ。大変感謝します。>

追記
さっきメールチェックしたらPAYPALから返金のお知らせがありました。ACPは返金処理までしてくれたようです。
ホントに フランス大好き!!!!!

2015年3月23日 (月)

2015-03-21 群馬300

2015-03-21 群馬300

今回は今年初の300キロ。快晴。朝はやっぱり寒い。カッパ上下を着ました。

出発 高崎市 7:10過ぎ。
前半、軽めの登ったり下ったり。秩父市まで山間の道。桜も桃も花はあまり咲いていない。

PC1 43キロ地点 秩父市 9:30着 10分弱程度でオニギリ食べて出発しました。出がけにスタッフの方と会話。「私は最後尾ですか。」「いや、まだ二人ぐらい。他が速すぎるんだけどね。」03211100

数キロも進まないうちに、路上に黄色いウィンドブレーカーが落ちていました。はあ、一応拾いますか・・・よっこらしょ。(その後、誰かに託したかったけど、結局ゴールまで運搬しました。)

北東が進行方向。東の風で、もっぱら向かい風。時速22キロに届かないけど、足は疲れます。次第に信号が多くなってきました。03211230


13:50 かっぱ寿司で昼食。20分程度。

PC2 127キロ地点 久喜市 14:24着。
向かい風が和らいだが、PC2までの80キロを向かい風で疲れちゃったせいか左ひざが痛み出しました。まだ170キロ残ってるのに・・・。右足たよりにペースを抑えて走ります。

PC3 189キロ地点 宇都宮市 17:38 
自転車通行帯が設定してあって面倒でした。真面目に歩道を走りました。歩行者と同じ所を通過するときは路地からの飛び出し、歩行者、デコボコで速度があがらない。宇都宮市では自転車は邪魔なんだろうな。歩道を苦労して進行してると、右隣の自動車道を進行するブルベスト3人。あれー?、じゃ私も自動車道で・・・。3人のあとを追って走ります。

18:20宇都宮市郊外の吉野家で夕飯。牛肉が固いよ。お持ち帰りの来客はたくさんいますね。

19:40頃、栃木市を通過。快調にペダルする。風がなくて(もしかすると追い風)速度が上がった。(あとで記録を見たら宇都宮市から50キロの間わずかに下りだった。)

キューシートを確認しながら進んでいる二人連れを追い越す。尾灯が点滅だったり前照灯が点滅だったりと慣れてなさそう。先行して微妙な右左折をヒョイヒョイとGPSに従って進んで信号で止まった時に「これでいいと思うんだけどなあ・・。」と話すと不安になったらしく、「間違ってたら戻らないといけないんですよね!!」とおっしゃってました。「そうですよー。」と返答しました。たぶん、この道でいいと思うんだけど・・・。ルートラボでは正解だと思ったんだけどねー。

しばらく進むとコンビニから出てきたブルベストと信号で一緒になりました。この道でよかったみたい。さっきの二人は来ないね。引き返してるのかな?・・

PC4 233キロ地点 20:21着 最後のPCだーーーー。アップルパンなど食べて出発。

22:30 一人のブルベストのあとを走ってましたが、どうにもコーヒーが飲みたくなりました。そうだ今日はコーヒーを飲んでいないから休んでもいいよねえーー・・と、275キロあたりで右手の7-11に入りました。やっぱりコーヒーはおいしい。
そして目の前を自動車が右から左に通過するとおり左に出て出発しました。
すると一人の黄色いウェアを着たブルベストとすれ違いました。「すごいなあ、ゴールまで30キロだけど、もうゴールして帰路にこんなところまで自走で走ってきちゃったんだー、・・スゴイ・・」
また何人かのブルベストとすれ違いました。え?? こんなに自走帰宅組がいるんだ・・・ GPSの残り距離が減りません。反対に増えてるよ・・。
一人とまたすれ違った時、確信しました。『自分は・逆・走・し・て・い・る』 
Uターンして声を掛けました。「ゴールはこっちですよね。」 「そうですが・・。」 ここまで数キロ無駄に走ったようだ。時間にして20分。往復40分。ショックで足も疲れました。 

冷えてきました。PC4で足にホッカイロ入れましたけど冷たくて痺れてきます。高崎は寒い。

翌1:12ゴール

ゴールのテントでは自分が逆走してるときにすれ違ったブルベストもいてひと笑いできました。相手も私を「ゴールして帰路に自走してるんだな」と思ったそうです。がんばれよ、と声でもかけておけば良かったかな。

2015年2月22日 (日)

2015-02-21 BRM群馬200

今日は今年初の100キロ越えでBRM群馬200キロ。コースは南東に100キロ進行して復路は北西に100キロ帰ってくるというもの。
主催者の期待としては関東名物の北風が吹いて「参加者が鍛えられる」ということでして、私の願望としても心ならずも復路の北風の中、ゴールにたどり着く一念でヒィフウ呻きながら筋肉に喝を入れる、という目論見でしたが、残念ながら(・・良かった良かった・・)今日は穏やかな快晴でしたね。

前泊はビジネスホテルで、スタート地点は朝5:30到着。さーーむーーーいーーです。前日に買っておいたスイートポテトパンやクロワッサンを食べながら車中で温まります。
自転車を前輪はめて自動車に立てかけておいたらサドルに霜が降りてました。気温は氷点下。ますます寒さを感じてしまいます。
出だしの服装は迷いましたが、
・帽子 
・バラクラバ 厚手20150221
・モンベル ジオライン 厚手
・半そで ジャージ
・0℃対応ジャケット
・単パン
・レッグウォーマー
・毛糸靴下
・ギル ネオプレーン シューズカバー
・モンベル雨具 上下

最初から防寒のために雨具着用です。寒いです、群馬県。



参加者を見渡すと、タイツだけとか、短パンにレッグウォーマーという出で立ちの方が大半で、その上にカッパズボンを履く人が少ないです。スゴイです。関東人の耐寒性20150221_2は!!!!

早く出発して温まりたいなという気分で7:10台ウェーブで出発。バイパス橋を越えるルートがわからないので最初は人のあとについて行きました。
今日は200キロなので朝食もいいかげんに走りだしましたが冬の間に蓄えたビール性脂肪を消費するつもりでしばらく走行しましょう。
しかし最初は信号が多くてダンゴになり走りにくいですね。

次第にバラけて私の足も通常の25キロ前後に落ち着きました。
陽を浴びるようになりましたけど風はちべたいです。ハンドルカバーのおかげで手は寒くないです。暑いくらい?? ハンドルカバーは羨ましがられましたが、私は皆さんの耐寒性が羨ましいよ。
8:30 25キロあたり。伊勢崎市でオニギリとコーンスープで朝食。
途中、ブルベ初参加の男子二人組と共走り。一人は今までヒルクライムだったそうで、もう一人は若い男子。「お昼はどうしてるんですか。」と可愛い質問。 「お腹空いたら食べます。グルメをする人もいますけどね。 」とひねりもない解答をしました。
大きな跨線橋を側道に抜ける道を3回くらい彼らにつられて走りました。一緒じゃなかったらそのまっま登って下ってましたけどね。キューシートを良く見てなかったのよ。
そのうち分かれて、10:45 70キロ地点 早めの昼食。ここでは鳥からあげを一緒に食べました。中国産かなと心配ですが、なに一個くらいでは死なないさ。うまうま。
11:00 55キロ地点 ループ跨線橋に気がつかずしばし行きつ戻りつ。「おかしい。GPSに左手線路の向こう側に進行するルート表示が出ている。・・・」気がつきました。グルット回転して跨線していくんだった。20150221_5
折り返し地点まであと30キロとすこしシンドイなあと気分的に飽きてきましたが、川沿いのサイクリング道を進みます。

12:30 折り返し地点に到着。水を補給してすぐ出発。なにしろ昼食はもう食べてしまっていたので。ゆっくりする理由がないんです。あと100キロかあ・・と気分も若干軽くなります。しかし相変わらず空気が冷たいよ。

気分が飽き飽きしてきた頃、小径車男子と共走り。時速21キロくらいでたんたんと進んでます。おかげでへばり始めの足が回復しました。そのうち追い越してもうちょっと早いペースで行こうかとおもいつつ150キロ地点あたりまで共走りしてしまいま20150221_4した。ありがとうございました。助かりました。

菓子パンなど補給したら、あとは50キロです。ビール性脂肪の蓄えもまだまだあるようで、後はノンストップで行けそうです。信号は相変わらず多いですけど、あまりひっかからずやり過ごします。7ケに1ケはひっかかったかな。

夕方になってきて尾灯、ヘルメット尾灯、前照灯を早めにつけました。自衛のためですから。今回、ヘルメット尾灯がとても明るくなりましたんで自信があります。(そっちの自信かよ! )

ゴールに近付くにつれ都市になって信号だらけになりますが、もう少しを励みにがんばります。
ゴール手前のバイパスを越える道はよくわからなかったんで、後ろについていた方に先行していただきゴールに到着しました。
17:57頃。
ゴールでは道の駅のお風呂サービス券を頂きました。軽くお風呂にはいりました。多少、ビール性脂肪が減ってウェストが出現したような・・・・。20120221
自動車の脇でパンツを履き、新潟まで200キロを帰りました。自宅着はむにゃむにゃ・・・時でした。めでたしめでたし。

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